第68話 大賢者の条件
魔導剣聖ハイトリンと名乗る不審なエルフは、おじいさまのマルエルからの礼を受け取りに王都へやってきたところを、たまたま馬車で移動中のバルマシアにみつかったのだそうだ。王都にどれだけ人が居て、大通りがどれだけ混雑してるか、わかってるのだろうか。凄い偶然。
ハイトリンは樹海で死に瀕していたおじいさまの命を救ったものの、樹海を連れまわして負傷を悪化させたりしたらしい。エルフはとにかく気まぐれなので困る。その途中でアイザさんに出会い、信用のおけるエスラ先生に頼んで迎えに来てもらったということだ。
その魔導剣聖は、トイレに行って、謁見室に顔を出したらさっさとおじいさまの屋敷へ行ってしまった……。
◇◇◇◇◇
陛下を始め、かつての勇者一行は、大賢者の私邸の建設現場へと向かった。建物自体はほぼ完成していて、あとは下回りだけらしい。
「こんにちは、エスロ。中へ入らせてもらっても宜しいですか?」
エスラ先生が声を掛けた相手は、工事の指揮を取る長身で体格のいい男性。確か、お父さまと一緒に働いていると言っていた、エスラ先生の弟。
「姉さん、まだ早いよ。――あっ、これは陛下。足下が危ないのでお気を付けください」
エスロさんが膝を突こうとしたところ、陛下は手の平を見せて制止する。
「そのままで。エスロの働きには感謝しております」
「ありがたきお言葉を、その、ありがとうございます」
エスロに案内され、屋内へ入る。玄関の扉はまだついていないのでそのまま通り抜けていき、二階へ。
「――ここが寝室の予定です。ベッドはまだ入っておりません。――この奥から地下の管理室への通路が続いています。部屋に入るための合言葉は、以前、陛下に決めて頂いてたとおりですので、私は外します」
そう言って、寝室を出ていったエスロ。
「私も外しておきます。外で見張を致しております」
「ええ、悪いですねエスカイユ」
エスカイユさんも寝室を出ていく。カネラたち従者にも外してもらった。残ったのはかつての勇者一行5名と私。大賢者様は秘密の言葉を知らないそうで、置いて行かれていた。
「へえ、アンリットのためだけにこんなでっかい屋敷を作ったのか」
「それもありますが、地下迷宮への入り口のひとつを封じる意味もありましたからね」
「アンリット様は国のために命を投げ出されたのです。このくらいの待遇、当然なのですよ。ですから、遠慮されることはありません」
シャルヴィエさんは私にそう言って微笑みかけた。
「真っ白で、お姫様のお城みたいです。アンリット様にふさわしいです」
「カナリ様も、十分お姫様のような生活をされてるではありませんか」
「いいえ、私はこれからアイザと慎ましい生活に戻るのですよ、エスラ」
「では、婚姻も正式に?」
「ええ。陛下や嚮導司祭様と相談して、再来月の初めには」
「すぐにでも結婚させてあげたいのですが、聖堂が首を縦に振ってくれませんでしたからね」
「そうなのですね、おめでとうございます」
「おめでとうございます、聖女様」
「おめでとうございます。しかし、聖女が居なくなるのは王国にとって大きな損失ですな」
「なんだカナリ、聖女やめるのか。旨い飯を食い放題なのに勿体ない」
ようやくアイザさんとの決着がついたみたい。そう言えば……
「あの、ひとつ伺いたいのです。王城で『魔王』を見かけましたが、聖女様が居なくなっても大丈夫なのでしょうか?」
ああ――とその場の皆が声を揃える。
「あいつ、可愛いけどちょっかい出すとアイリアが怒るんだよな」
「それはヴァルさんが悪いと思います」
「すみません、アンリエットにはまだ説明していませんでした。テロキは私の最愛の人なのです。ですから、もしもの場合は私が責任をもって討ちます。そういう取り決めで、円卓会議の場でも誓いましたから」
「確かに、陛下が魔法で何かされているようには思えませんでしたから……」
「いやしかし、王配殿下にはエスラが探知妨害を掛けておりますのに、よく分かりましたな」
「確かにそうですね……。どうして分かったのですか? アンリエットさん」
「それは…………」
エスラ先生に探知妨害無効の話を話すと、その場の全員に驚かれた。
「なるほど。確かにこれは、早々に代替わりしていただく必要がありますね」
陛下のその言葉によって、私はすぐに大賢者の地位を得、必要な時は鑑定と助言を行いに王城へ出向くことになった。成人まではジョスタさんが表向きの大賢者を続ける。その決断に至った背景には、7年前に魔族たちによる探知妨害にさんざん振り回された苦い経験があったのだそうだ。
◇◇◇◇◇
「では、どうぞアンリエット。扉に触れてください。そして、あなたの真の名が、この部屋を開く鍵となっております」
地下への階段を降りた先、扉の前の小広間で陛下が私に告げた。
「――ここに居る者は皆、その鍵となる言葉を知っています」
えっ、そうだっけ?――とバルマシアさんが小声で話すと、シャルヴィエさんがその口を手で塞ぐ。
私は扉の前に立つ。陛下が頷き、促す。
「イズミ」
そう告げた途端、冷たく黒い石の扉は上へと開いていった。
「――すごい仕掛けですね」
「ええ、地下迷宮で似た物を見て、参考にしました。さあ、どうぞ」
ただ、よく考えたらこれ、勇者一行が誰かに話さない限り、私以外には開けないんじゃない? それを考えたら陛下や聖女様のこれまでの余裕っぷりには納得がいった。最初から、イズミである私以外が大賢者に選ばれることは無かったのだ。
中は円形の部屋。白い壁がぐるりと周りを覆っていた。部屋の中央にはローテーブルのような低くて丸い台座。さらにその中央には、『純粋な魔鉱の核』と表示される黒い球体が在った。
「屋敷の完成後、中央の魔鉱の核に触れれば、設置された儀式魔法の効果が屋敷中に発動します」
「この台座には、イズミが快適に過ごせるよう、儀式魔法がいくつも刻み込まれております」
陛下とシャルヴィエさんが説明してくれた。
鑑定してみると、その複雑な機構が見て取れた。
「すごいですね、このようなものが王都で実現されているとは……」
「何を仰いますか! これを復元するきっかけを作ったのも、知識を探し出したのも前世のイズミなのですよ! 王都の水道橋を完全な形に復旧させ、下水道を整備し、散湯口とトイレを普及させ、何よりも魔術学院を創設した! 全てイズミの成果なのです!」
力説するシャルヴィエさん。
「すみません、覚えてなくて……」
「ご覧ください、皆さん! これぞ私のイズミでしょう!」
「私のって、カネラみたいに……」
「前世では、私が母だったのです! 母ですよ!」
「仮の……ですけどね」
エスラ先生が付け加えた。なんだか知らないけど、シャルヴィエさんにもお世話になったみたい。いや、シャルヴィエさんだけではない。ここに居る全員。そして王都の多くの人に、お世話になったんだ。転生して、誰との繋がりもなくなってしまうと思ったけれど、ここにはまだそれがあった。
「では、一旦、天守へ戻りましょう。夕食は皆さん、食べて行かれますよね」
「もちろんだ! それを楽しみに来たんだからな」
「客室もたくさん空いています。今日はぜひ、泊って行ってください。アンリエットもね」
「はい、ありがとうございます、陛下」
ただ、この時の私は知らなかった。その夜、まさかあんなことが待ち受けているなんて……。




