第67話 大賢者
さて、お母さまが復学してから四半月ほど。あれからお母さまは、何度か恋文を貰ってきていた。
(は!?――って思うよね。既婚者相手に)
学年的には3回生らしいので、マルギットの学級に入った。そのマルギットの話を聞いた限りでは、第二次性徴期の入り口で祝福の力もあって、どんどん成長を始める女の子たちの、いい相談相手になってあげてるらしい。
ただ、上の学年の男子たちが、そんな誰にも優しいお母さまに懸想して教室まで覗きに来るとか。ちょうどアフマズルさんあたりの学年から上の生徒だ。精神年齢的には中学生くらいだろうね。その男子たちが恋文を手渡してくるんだって。
結局、今朝になって学院側から、恋文に使う紙は学院で支給されるものではなく、自費で買い求めましょうと言う搦め手な通達が為された。紙は生徒には買えない程じゃないけどそこそこ高価。真剣なら、紙の費用くらい自分で出すだろうって意味で。
何しろ、婚約者を探す行為はまっとうな学院生活の目的だ。既婚者のお母さまが通っていることが普通じゃないのだ。おまけに学生の恋文は木皮紙が普及した学院ならではの新しい文化だからと、面倒見のいいお母さまは、手紙に丁寧にお断りの返事をやんわりと書き足して返してるらしい。
◇◇◇◇◇
さて、恋文についてはお母さまも楽しんでいるし、お父さまも微笑ましく……見守っているので置いておこう。
その日、午後になってエスラ先生に呼び出され、いつものように天守へと出向いた。ただ、天守前の広場には、普段は見ない数の馬車が並んでいて荷を降ろしていた。馬車にはいずれにも鉱国の紋。
謁見室まで出向くと、そこには先客が居た。
玉座には女王陛下。壇上にはいつものように王配殿下、大臣、聖女様のほか、陛下の傍にはライハルトさんも居た。ライハルトさんは大臣の仕事に復帰せず、陛下の相談役に就いたらしい。護衛の中にはエスカイユさん。
対して、謁見に臨んでいるのはそれぞれに異なる意匠の外套をまとった一団。装備も、鎧を身に着けていたり、武器を持っていたり、外套の下で細々とした荷物が嵩張っているのが窺えた。
「陛下、アンリエット様が見えられました」
大臣であるファルツ宮中伯が告げる。
私はエスラ先生に続いて陛下の前まで進むと、片膝を突いて首を垂れた。
「皆、面を上げなさい。次代の大賢者が参じてくれました」
陛下が言うと、その一団も顔を上げる。ただ――
「あああっ、堅苦しいったらない。アイリアもよくこんなことが続けられるよな」
一団の中の女性が、こともあろうに立ち上がって背伸びをした。
「バルマシア殿、御前でございますぞ!」
「構いませんよ、大臣。――皆、立ちなさい。――文官も下がらせて構いません。南部諸国については後で報告させましょう」
陛下がそう言うと、その一団と近衛騎士を残して、文官たちは退室していった。
「あの、バルマシア様と言うのはもしかして、神殿の護り手のバルマシア様でしょうか?」
私は声を掛けてみた。
「そうだけど、ほんとにお前が――」
「アンリット様!!」
体格のいい、鎧をまとった女性が詰め寄ってきた!
「――どこからどう見てもアンリット様ではございませんか。陛下を始め皆さまは、いったい何を迷っていたというのでしょう。この方以外のどこに、アンリット様の生まれ変わりが居ると言うのですか。皆さまの目は節穴なのですか」
早口でまくし立てる金髪の女性。
「あの、私にはアンリット様の記憶はございませんよ?」
「当然ではございませんか。聞いた限りでは偽物には陛下と聖女様の記憶があったとか。よくもまあ、そのような嘘が吐けたものです。――ああ、自己紹介が遅れました。わたくし、バリンのシャルヴィエと申します。我が一族でも、二度、賢者サーラの生まれ変わりに出会えた者は数えるほどしか居ないのです! この興奮が伝わりますでしょうか!」
困って周りを見渡すと、みんな呆れていた。
「すみません、シャルヴィエ様は普段、もっと落ち着いて冷静な方なのですが、こと、アンリット様の話となるとご熱心で、その上、本人を目の前にして興奮しておられるのです」
そう答えたのは一行のいちばん前に居た男性。
逞しい顔つきをしているのだけど、腰が低く、一行を率いていたとはとても思えない。
「アンリエット殿、こちらは今代の大賢者ジョスタです。大賢者の役目については彼から教わってくだされ」
ライハルトさんがそう教えてくれる。
「私は能力不足なのですよ。ですから、早くアンリエット様にお役目を変わって欲しいくらいです。ああ、そういえば――」
ポン――と手を打つ大賢者ジョスタ。
「――女神さまからお言葉を賜りました。より高位の賢者の力は鑑定では読み取れないと。初めてです、祝福が全く見えない相手と言うのは」
(祝福が見えない!?)
「それは、女神さまが仰られたのですか??」
「ええ。鑑定で読み取れるのは同程度の力の賢者同士まで。私にはアンリエット様の祝福は見えませんし、おそらくは鑑定結果も正しいものではないでしょうね」
(それでロゼリアは祝福が見えないって言ってたんだ……)
「なるほど、そういうことであればアンリエットが大賢者ということで、皆の意見は一致しましたね」
陛下がそういうと、皆が頷いた。――ただひとりを除いて。
「そうかー? あたしにはアンリットの生まれ変わりにはとても見えないけどなァ」
「何を言っているのですか、バルマシアは」
バルマシアさんの言葉に対して、シャルヴィエさんが文句を言う。
「だってさあ、アンリットってこんなちっちゃくなかったぜ」
「あなたは…………自分に幼い頃がなかったとでも言うのですか……」
「あるに決まってるじゃん。お前、バカだろ」
「馬鹿はあなたです、バルマシア…………」
グギギギギ――と歯を剥いて睨み合いをする、いい大人ふたり。
「とにかく! 全員一致で宜しいですね?」
「あいつは? ミシャカラ」
バルマシアさんが陛下へ問い返す。確かに、ミシャカラさんの姿がない。
「ミシャカラ卿は、我々に一任すると。そして先日、第十騎団の団長を辞任しました」
「そうか。まあ、あいつは神殿を嫌ってるからそこはムカつくんだけど、悩み事があるなら、このあたしが聞いてやるって言っといてくれ、陛下」
そういうことで、私は正式に、かつての勇者一行からアンリットの生まれ変わりと認められたのだった。
ああ、そういえばもうひとり…………
謁見室に、ふらふらと幽鬼のような姿で現れた人物は、美しい顔立ちにもかかわらず、ひどく蒼ざめていた。それは世にいうエルフと呼ばれる種族。中でもハンノキのエルフと呼ばれる、長身で整った顔立ち、絹糸のような輝く髪を持ち、白磁のような肌は冷たく、人間味を感じさせない。俗世から離れ、一生を森で生活を送ると言う高潔な妖精だった。
「で、弟子よ……大変だ……私の×××がトイレの怪物に食われた……」
「えーっ!? 師匠、マジっすか! エルフって×××するんすね!」
その突然の会話に唖然とする我々。
「――あっ、紹介しとく。あたしの師匠、野合先生ハイトリン。魔術と剣術がどっちも最強に得意なんだ。街でさっきたまたま会った」
「魔導剣聖…………」




