第66話 親友
「アンリエット。先ほど、お母さまは第1期生って聞きましたけど……」
授業を終えて、教室を移動するときに廊下でベルチカが聞いてきた。
「うん。それが実は、お父さまも同じ第1期生なの」
「まあ! それはご学友同士、想い合っていたふたりが再び結ばれたのですね」
ぽん――と両手を合わせて妄想を膨らませるベルチカだったけど、アンリットの事があるから――
「それはどうかなあ……」
「ああ、それで実は……私のお母さまも第1期生なのです」
「そうなの!?」
偶然にもベルチカの母が第1期生だというので、昼食後のお茶の時間、お父さまとお母さまに時間を取ってもらった。お母さまは寮生ではないので、昼食はお父さまの執務室で取る。その執務室に招いてもらった。
◇◇◇◇◇
「いらっしゃい、アンリエット。そちらがベルチカかな?」
扉をノックして、顔を出したのはお父さま。お父さまの執務室には侍女や侍従は居なかった。家でもそうだったけど、お父さまは稼いでるくせに独りでなんでもやろうとする。お母さまやイングリドに文句を言われているほど。
「はい。私の親友、ベルチカです」
「アンヘル卿、ご挨拶をお許しください」
膝を軽く曲げて視線を下げるベルチカ。
「これはご丁寧に。だけど、アンリエットの親友なんだ、堅い挨拶は無用だよ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。――初めまして、アンヘル卿。本日はお招きありがとうございます。ベルカイエの娘、ベルチカと申します」
「ベルカイエ!? ベルカイエの娘さんなの!?」
現れたのはお母さま。お母さまには、親友を紹介するとしか話していなかった。驚かせるためにね。
「はい」
「ベルカイエは元気? あれからずっと会う機会が無くて……」
「ソノフ家とは縁を切りましたし、今は独り身ですが、祝福を活かして施療院で働いています」
「そう…………こんな立派な娘さんを育てられて。前向きに頑張っておられるのね。よかった」
涙ぐむお母さま。ただ、私の方を見据え――
「――アンリエット? いつの間に悪戯っ娘になったのかしら。わざと黙っていたのね」
そう言って微笑んだ。
「お母さまが驚くかなって」
「驚いたわ。ほんとにね」
「さあ、こんな所で話していないで中へどうぞ」
「旦那様、テーブルへどうぞ。お茶の用意は私が」
お父さまが招き入れると、一緒についてきていたカネラはさっさと厨房のある地階へ降りていった。
執務室の二階へ上がると、ガラス張りの格子扉からバルコニーへ出られるようになっていた。まだこの時期は寒いので、中のテーブルに着く。確か、王城の上級文官の執務室はどこも似たような構造で、南北に長い執務室が東西にいくつも並ぶ集合住宅のようになっていて、二階建て。加えて、地階と屋根裏部屋がある。
「私の所は、設計以外はほとんどが外の仕事でね。食事も大厨房から貰ってるんだ。だから侍従も下男も雇ってなくてね」
お父さまはそう言って、広い割に調度品の少ない、がらんとした部屋を見る。ラジエルが言うような下っ端文官の執務室とは、とても思えない広さ。
「母が言うには、稼いでいる人はちゃんと人を雇って、身の回りのことを任せることで雇用が生まれると言ってました」
「ほら、ベルカイエも同じ意見ですって。ちゃんと人を雇いましょう、アンヘル」
「けど、身の回りのことをやってくれる男性って見つからなくてね」
「侍女を雇えばいいでしょう。男性は働き口が多いのですから、身の回りのことは女に任せるべきです」
「そうは言うけどね……」
お父さまはどうも女性を傍に置きたがらない。たぶん、童顔な上に顔がいいから女性の方がお父さまを放っておかないのだと思う。何だかんだ言って、若い侍女が主人といい関係になることは珍しくない。
「私が今更、アンヘルにそのようなことで文句を言うとお思いですか? もっとも、アンヘルにそんな度胸があるとは思えませんが」
私たちの手前、お母さまは言葉を抑えているけれど、挑発的な言葉を投げかけていた。これはつまり、お父さまがお妾さんや第二夫人を得たとしても文句は言わないって意味だろうね。
「わかったわかった、ちゃんと雇うからこの話は後にしよう。――そういえばベルカイエは復学しないのかい? 彼女も卒業はしたけれど、当時はまだ通うつもりがあったみたいだし」
お父さまが慌てて話題を逸らす。
「母は施療院の仕事で手一杯ですし、後進も育てなくてはなりませんから。ああ、ですが、治癒魔術をなんとか施療院でも教えられないかと零していたことは何度かありますね」
「なるほど、それは確かに」
「昔、知の化身が施療院で治癒魔術を使ったそうなのですが、お母さまが施療院に仕事を求めに訪れた際、治癒魔術を使えた事で今でも小賢女様なんて呼ばれるくらいです」
「小賢女か」
「ベルカイエも困った事でしょうね」
ふふ――と笑うお母さま。ただ、私が治癒魔術を施療院で使えるようにする方法を考え込んでいたら、お父さまが私の顔を覗き込む。
「何かいい方法があるかい? アンリエット」
「学院のようにはいきませんが、施療院へ講師を派遣して、治癒魔術のみを教えるというのはどうでしょう。治癒魔術師専門の塾か専門学校のような仕組みを作れば……」
そして弟子となる者にヒポクラテスの誓いみたいなものを誓わせれば……――なんて考えていると、ベルチカやお母さままで私の顔を覗き込んでいた。
「本当にアンリエットは魔術に詳しいのね」――とベルチカ。
「こ、これはなんとなく思っただけで。……そうだ! 陛下にお願いすればよいのではないでしょうか」
「陛下が聞いてくださるかしら? お会いするのも難しいのに……」
そうだよね――と合わせておいた。
◇◇◇◇◇
ベルチカのお母さまのベルカイエさんには、翌々日の午後に施療院まで会いに行った。ベルチカと私、お父さまとお母さまの4人で。カネラはお留守番。
お母さま、ベルカイエさんからは憧れのお姉様みたいに慕われていたらしい。お母さまは親友だとも言っていた。そしてお互い、再会を涙ぐみながら喜んでいた。流行病でお母さまが嫁ぎ先予定のリガノへ疎開して、それから会えず仕舞いだったのだそうだ。
私もベルチカも、親同士の再会の懸け橋になれたことを喜んだ。




