第65話 復学
「おかしくないかしら、これ……」
小さな鏡の前であちこち首を傾げてみせるお母さまが、私とイングリドに聞いてきた。
「たいへん魅力的です、奥様」
(確かに、魅力的といえばそうなんだけど…………)
お母さまは、エスラ先生が用意してくれた青と白を基調とした学院のお仕着せの制服へと着替えていた。豪奢な金髪は邪魔にならないよう結い上げ、すっきりまとまっていたけれど、問題は身体の方だった。
サイズについては問題ない。なにしろ、祝福のおかげで高学年の生徒たちは大人と変わらない。だから、お母さまのサイズの制服も用意できる。ただ問題は…………なんというか、一児の母の魅力的なものだった。
「このスカート、前はこんなに短かったかしら?」
「エスラ先生によると、最近は女の子でもブーツより上までスカートを折り上げて長靴下をちらりと見せるのも流行っているそうですよ」
「まあ! 浮いて見えないように、私もスカートを詰めた方がよろしくて?」
「奥様が挑戦される必要は無いと思われますが……」
「そうね。あとは……もう少し痩せた方がよいようにも……」
すると、お父さまが部屋に入ってきた。
「だめだよ、ベンネヴュッテ。君はこれからしっかり身体を作らないといけないんだから」
(え、それってもしかして……)
最後に私が、お母さまが大事にしてきた学院の青い外套の金色の紐を結んであげた。お母さまが親友のアンリットと約束した、学院への復学の夢が叶うのだ。だけどもしかすると、またすぐに半年くらい休学するかもしれないね。
◇◇◇◇◇
さて、あの騒動があってから10日ほど。お母さまの初登校日。前日の夜は家に泊り、朝、私とお母さま、そしてカネラは、お父さまに王城まで送ってもらった。お母さまは毎朝、お父さまの登城にあわせて通学する予定。
3人で玄関までの道を歩いていると、寮から出てきた生徒たちの注目を浴びる。みんな、お母さまの姿に見惚れていた。お母さまはたぶん、昔から飛び切りの美人で通っていたのだろう。それが、今では女の魅力を制服の下に溢れさせている。……というか雑に言えばコスプレ感がすごい。
「おっ、おはようアンリエット君! そっ、そちらの……女生徒は……」
アフマズルさんだった。女生徒と口にする時、一瞬迷った感じ。
「おはようございます。こちら、私の母です」
「母ぁ!?」
「お母さま、こちら私の入学試験を担当してくださったアフマズルさんです」
「おはようございます、アフマズル先生。娘がお世話になっております」
「ふぁ、ふぁい!」
「お母さま、アフマズルさんは先生見習いで、まだ先生ではないのです」
「あら、そうなのですね。でも、いずれ先生になられるのですよね」
「必ず! 必ず先生になります!」
大勢の注目を浴びながら、お母さまを学院長室へ送り届け、私は1回生の第1学級の教室へ。そういえば、アフマズルさんの様子がなんだかおかしかったけど、まさかお母さまに目移りとかしてないよね?
◇◇◇◇◇
「アンリエット! 一緒に居た美人って誰!? みんな、先輩たちから質問攻めにあったって!」
教室へ入ると、ハルシニアとラネットの周りに人だかりができていた。入るなり、ハルシニアが声を掛けてきた。ふたりの周りに居たのは女の子だけでなく、男の子たちも居た。
「私のお母さまです。学院の第1期生だったのですが、長い間休学していたのです」
「第1期生!?」
「そんなすごい人なの?」
「男の先輩たちから聞かれたんだ。婚約相手はいるのかって。けど、アンリエットの母親だったのかぁ……」
みんな一斉に質問してきた。
「実はお母さま、お父さまに先立たれて、長い間、独り身だったのです」
「だったら――」
「ですが先日、新しいお父さまと再婚いたしました。残念ながら」
「けど、アンリエットの母親ってことは平民なんだよな?」
私はニヤリと笑って返した。
「誰がいつ、平民から貴族になるか、それとも貴族から平民になるか。そんなことは誰にも分からないのですから、誰を侮ることも、驕ることもないようにしておくべきなのですよ」
「はい、そのとーりでーす」
そう言いながら教室に入ってきたのはネッラ先生。
皆、慌ただしく自分の席へ戻っていく。私も席に着き、カネラは教室の後ろへ。
「――えー、皆さんにお知らせです。しばらく、ロゼリア・レンネブルクさんはお家の都合でお休みしておりましたが、正式に退学されることが決まりました」
えっ――私の他にも声を上げた生徒たちが居た。
「――理由は、レンネブルク家の事実上の取り潰しです。いずれ伝わる事ですので、ハッキリ言っておきますと、レンネブルク家が、領地の本家も含めて魔族と通じていろいろやらかしました」
「先生、ロゼリアさんはどうなったのですか!?」
私はあの彼女のことが心配で聞いた。まだ幼い彼女は、そこまで罰を受ける必要は無いと思っていたのに……。
「ロゼリア・レンネブルクについては処分されたそうです」
息を飲む生徒たち。当然だろう。生徒たちにとっては、彼女は憧れのようなものだったのだ。
「――それはそれとして、転入生を紹介します。ほら、入って」
(転入生!? 学院ってここしかないのに??)
入ってきたのは栗色の髪の女の子。ただし、どこからどう見てもロゼリア・レンネブルクにしか見えないんだけど……。髪の色は染めてあった。
「――ロゼリアさんです。ただのロゼリアさんなので、処分されたロゼリア・レンネブルクとはなーんの関係もありません」
(いや、それは無理があるでしょ…………)
「――あ、席はちょうどそこがひとつ空いてますね。そこへ」
そう指示されたロゼリアは、周囲の視線に対して顔を伏せながら、ロゼリア・レンネブルクの席へと向かう。
ただ、そんな中で意地悪なジョゼファは脚を掛けた。よくこの空気の中でやるよね。少し前までロゼリアを讃えていた彼女が、落ちぶれたと見た途端、ロゼリアに牙を剥いたのだ。
バタリ――床へと手を突くロゼリア。ネッラ先生は眉をひそませ、その様子を窺うが、ロゼリアは立ち上がろうとしない。
ロゼリアはおそらく、幼いこともあって見逃されたんだと思う。ただし、いくら別人だと言われようと、これからずっとレンネブルクの業を背負って行かなくてはならない。あの高慢なロゼリアにとって、地位を失っただけでも苦痛のはずが、こんな針の筵のような状況、耐えられるはずもない。
ただそこへ――
「早く立ちなさい。ネッラ先生が授業を始められないわ」
そう憎まれ口を叩きながら、自らも屈んで手を差し伸べる女生徒が居た。
(しょうがないなあ、ベルチカは)
「今のはジョゼファよ。いじわる病にかかってるの。後でぶっとばしといてあげるね」
そう言って、私もロゼリアへと手を差し伸べるのだった。




