第63話 裏切り
「なぜだ! なぜこのようなことに! 貴様ら全員、私を謀っていたのか!」
エスラ先生から呼び出されたのはその日の午後。一緒に天守の一室へ出向くと、そこには喚き散らす男が居た。
「アンリエット!」
そして、侍女たちに護られるようにして、お母さまもそこに居た。
お母さまが私に駆け寄り、私は抱きしめられた。
「――アンリエット、よかった。無事でいてくれて……。母を許してね。ずっと独りにさせたままで……」
「お母さま、大丈夫ですよ。私には味方がたくさんいましたから」
「ええ、そうね。――エスラ先生、あなたが学院長になっていらっしゃったのね。アンリエットを助けてくれてありがとう」
「いいえ、ベンネヴュッテ様! 私こそアンリエットさんには助けていただいてばかりで」
「おい、ベンネヴュッテ! 聞いているのか! 当主である私を嵌めたのか!」
そういえば騒いでいる人が居たんだった。
感動の再会を邪魔するのは、お母さまが決別したはずの伯父、名はラジエル。ラジエルは何をやらかしたのか、エスカイユさんを始め、近衛騎士たちに取り囲まれていた。そして対峙するのはアンヘルさん。
「ベンネヴュッテはカーリーの家とは縁を切ったと言っていました。あなたに命令される筋合いはありませんよ、ラジエル殿」
「騎士団長を退いたオルサバルの倅が! 領地も継げなかった下っ端文官が、身分違いの相手に懸想したか!」
「ベンネヴュッテはカーリーと縁を切るだけでなく、リガノでの地位も放棄すると言っています。彼女は私が娶り、護ります」
「そのようなこと、当主である私が許可すると思っているのか! それに私は大賢者の伯父なのだ。このような扱いを受けて良いわけがない!」
何だか知らないけど、私が大賢者になったことを知ってるみたい。日本でもいたよね。有名になったからって親族を名乗ってしゃしゃり出てくるよく知らない人。そこへ――
「許可しようではないか。縁を切られるのは寂しくもあるが、今後、大賢者様を利用しようと言う身内が現れんとも限らん」
そう言って現れたのは私が助けたあの馬車の人。エスラ先生が遠く東の地まで迎えに行っていたという、私にとってはおじいさまにあたるマルエル・エル・カーリーだった。
「ち、父上! なぜここに!? 樹海で行方不明になったはずでは!?」
「父親が生きていたというのにその反応か。少しはベンネヴュッテを見習えんのか」
お母さまや他の人たちの様子を見るに、どうやらおじいさまが生きていたのを知らなかったのはラジエルだけみたい。
「――事実、私は樹海で死にかけていた。だが、救われたのだよ、森のエルフに。それを指物師のアイザが王都へ知らせ、大魔術師エスラ自ら迎えに来てくれたのだ」
(ああ、アイザさんが秘密にしたかったのはそれか……)
「――だが、そもそもは、ロゼリア・レンネブルクを大賢者候補とすることに反対した私を、旅先で亡き者にしようとしたレンネブルクの企みだ」
「レ、レンネブルクは私にとっても敵です、父上。実際、私は配下の者を使ってレンネブルクのロゼリアを候補から退けようと努力いたしました。大事な姪のアンリエットのためです」
(大事な姪とか……笑って追い出したその口でよく言うよね)
「配下と言うのはリガノの子爵代理、ロオトバルのことか」
「なぜそれを……」
「レンネブルクの使用人から聞き出した。ロゼリア暗殺を企て、返り討ちにあったそうだ」
「そんな……」
「嘆かわしい。なぜ、こうも短絡的なのだお前たちは」
「私ではございません、父上! 暗殺はロオトバルの独断で、私は近づけと……」
「兄を戦場で謀殺し、幼い姪すらも容易く手にかけるような男が、他家の娘なら害すまいと、よもや考えたわけではあるまいな」
「それは……」
「お前とロオトバルが、互いの兄を戦場で罠に嵌めた。密約を交わした仲だったということは既に知っておるのだ。まさか、私が襲われたことをきっかけに尻尾を出すとはな」
ハッ――と息を飲んだラジエルは、ベンネヴュッテの傍に居る侍女たちを睨みつけた。
「まさかお前ら……私に忠誠を誓ったと言うのは嘘だったのか!?」
「ミハエル様の仇が取れるものなれば、この身が神罰に焼かれる程度のこと、何の躊躇いがありましょうか!」
他の侍女たちも頷いた。つまり7年前、もうひとりの伯父であるラジエルの兄のミハエルが戦場で死んだことも、お父さまが死んだことも、全部ラジエルと叔父のロオトバルの企みだったんだ……。
私の肩を抱く手に力を入れるお母さま。私も抱きしめ返した。
「ラジエルよ、10年前、私はお前が自省し、貴族としての在り方を思い直してくれると信じていた。若さゆえの過ちは、その後の生き方で取り戻せると。だが、それは見込み違いだったようだ。――エスカイユ卿、血族殺しの罪です。陛下にご判断を頂きたい」
ラジエルは天井を見上げて大口を開け、何も返せないでいた。
そして、エスカイユさんらに連れていかれたのだった。
◇◇◇◇◇
「あの、叔父様はどうなりましたか?」
おじいさまに聞く。レンネブルクで返り討ちにあったというなら、望みはないけれど。
「ロオトバルは先日の儀式で、血の眷属に取り憑かれた者の中に居たようだ。後始末の際に確認された」
つまり、あの時点で既に死んでいたということだろう。
「それでは、リガノはどうなりますか?」
「現状では、ロオトバルの息子ではなく、アンリエット。其方がリガノ子爵の爵位を持つことになる。たちまちの統治は国から執政官を送るようになるだろう」
「わかりました。残された従兄は嫌いでしたが、あの子はあの子で母親がおりません。父親が死んだとなれば道に迷うはずです。どなたか、信用のおける方に面倒をみさせていただければと存じます」
「うむ。子爵の慈悲として陛下へ伝えよう」
慈悲なんてものじゃなく、逆恨みされたら困るだけなんだよね。




