第62話 簒奪
「ロオトバル! ついに見つけたぞ! おまけに、お前はなんて悪運の強いやつだ!」
そのロオトバルという男は、まだ昼前だというのに、人の屋敷の客間で高い葡萄酒を飲み、ソファーで酔い潰れていた。横柄な男だったが、叔父上のカーリー公爵を引きずりおろそうという提案を持ちかけてきた。私が公爵となる手助けをしてくれるというこの男に、王都に居る間の面倒をみてやっていた。
「そもそもラジエルよ、おぬしがぁ無策に妹と仲違いするから、儂らは無為な時間を過ごさなくてはならなかったのだ! 公爵の評判が下がってる今、妹を上手く丸め込んで手駒として使えば良かったものを…………まったく」
くるりと跳ねた顎髭をいじりながらその男、ロオトバルは言った。この野心に溢れる男は、年の離れた兄のリガノ子爵を戦場で謀殺した。目的は子爵の妻であり、美しい私の妹、ベンネヴュッテだった。だが、ベンネヴュッテはロオトバルの手を取らなかった。当然だ。あの妹は父に似て高潔すぎる。世の渡り方を知らない。
その父が行方不明になったと知った途端、今度は子爵位を継ぐはずのベンネヴュッテの娘、アンリエットを毒殺しようとした。だがふたりには逃げられ、子爵の地位は代理のまま。全く、欲のために一人殺せば、二人、三人を殺すのも躊躇しなくなるとも言うが、簒奪とは斯くたる覚悟を以て挑まねばならぬということか。
「ロオトバル、そこは私の運の良さというものだ。先日、王城で何を見たと思う?」
「化けて出たマルエル殿でも見たか?」
「うぐっ…………恐ろしいことを口にするな! そうではない、アンリエットだ。姪のアンリエットが、知の化身の生まれ変わり、大賢者候補として認められたのだ」
「なんだと!? あの聖女の世迷い事が現実になるのか!?」
ソファーに背を預けていたロオトバルが身を起こし、目を丸くする。
「いいや、お前は知らないだろうが、候補は既にひとり居る。そちらをどうにかせねば、アンリエットが大賢者になることはない。何しろ、相手は本物の知の化身の生まれ変わりなのだからな」
「なるほど、アンリエットを勝たせねば――ということか。これは叔父としても一肌脱いでやらねばならぬな」
今さら、どの口が叔父などと言うのかと思うがな。
「それにもうひとつだ。アンリエットは神殿の出身で平民だと偽っているそうだが、その神殿を調べさせればすぐに見つかったぞ! 妹が! 神殿で読み書きを教え、平民に成りすまして、城の文官の家に転がり込んでおった」
「なんと愚かな。しがない文官などの元へ身をやつさなくとも、儂が懇ろに愛でてやったものを」
なんとも気持ちの悪い男だった……が、私も昔は妹を、それはそれはかわいがったものだった。ベンネヴュッテのためにと私は力を尽くしてやったのに、あの妹は恩を仇で返すような言葉を返した。それからは父上からも忌み子のように疎まれ、文官としての地位も上がらぬまま。
「ロオトバルよ、お前はレンネブルク家に接触しろ。私と違ってリガノの子爵代理とあれば、大賢者候補であるロゼリアにも容易に近づけよう」
「代理ではない、子爵だ!――それよりもベンネヴュッテはどうするのだ」
「妹の事なら私に任せよ。平民街で暮らしているとなれば、そろそろ埃に塗れた生活にも嫌気がさしてくる頃だろう」
「所詮、女は金よの……クックック……」
こうして我々の、公爵領を巡る……いや、王都さえもこの手中に収めんとする、壮大なる簒奪の計画が今、始まろうとしていた。




