第61話 夢オチ?
結局、陛下が去った後は聖女様から抱きしめられ、エスラ先生から抱きしめられ、奇声を上げるネッラ先生から体中をまさぐられて、さらにその後、周囲の貴族たちからお祝いと感謝の言葉を貰っている間にうとうとし始めて、カネラに抱っこされたまま眠ってしまった。
――なんてことを思いながら、気が付いたのは寮の部屋。
「カネラありがとう。――あ、おはよー、アンリエット」
身体を起こすと、いつもと変わらないアノリさんが下から声を掛けてくる。カネラはちゃんと、今日もアノリさんを起こして面倒をみてあげていた。
いつも通りトイレに行き、顔を洗って着替える。
ベルチカにおはようを言って一緒に食堂へ。
カアヤさんたち神殿組もいつも通り、食堂の端の方で喋っていたのでふたりで挨拶する。スープのショートパスタについてベルチカと吟味していると、ラネットとハルシニアも遅れてやってきた。
(なんだ、昨日のは夢か。だいたい、ビームとかおかしいよね。ファンタジーな異世界で)
ただそこへ――
「アンリエット君!」
いつにも増してきっちり手入れのされた栗色の髪と、カッコよく着こなした制服――おそらくオーダーメイド。その目立ちすぎる生徒会長が、真っ直ぐに私を目指してやってきた。
何事かと4人で見ていると、オブリージアさんは私の席の前で膝を折り、私の左手を取った。
「――アンリエット君、本当に……本当にありがとう。母を正気に返してくれて……。何年待ったことか。あの懐かしい、優しいまなざしで、やっと私を見てくれたんだ。頑張っても、頑張っても母は私を見てくれなかった。こんなに嬉しいことはない……」
涙をぽろぽろと零すオブリージアさんに、私は困ってしまってテーブルを振り返る。
ラネットはスプーンを咥えたまま固まっていて、ハルシニアは開いた口が塞がっていない。ベルチカにまなざしで助けを求めると、彼女はハンカチを取り出し、オブリージアさんの傍に寄って手渡した。
「ありがとう、ベルチカ君。情けないところを見せてしまったね。――アンリエット君、真実を見せてくれて、本当に感謝する」
そう言ったオブリージアさんは、そそくさとその場を立ち去っていった。
「えー、なに? 生徒会長泣かした? やるじゃん、アンリエット」
そう言ってやってきたのはマルギットさん。
「オブリージア様を泣かせたんですって」
「まあ、新入生が?」
「恐ろしい子ね」
――なんて、食堂の生徒たちが囁いていた。
「違うんです、マルギットさん!」
どうも昨日の事は夢じゃなかったみたい。いや、全部とは限らないし。ビームとかは夢かも。
「(アンリエット、昨日、試験があったんでしょ? あとで結果を教えてね)」
カアヤさんが耳元で囁く。つまりまだ、生徒たちには大賢者の話は伝わってないんだ。
◇◇◇◇◇
「アンリエットちゃん!」
1限目の魔法の杖の授業にベルチカと向かっていると、教室の手前でネッラ先生と鉢合わせした。そして私を見かけるなり、駆け寄ってくるネッラ先生。
「おはようございます、ネッラ先生」
「アンリエットちゃん、昨日はすごかったねぇ。特にあのビィィって伸びていく光! あの呪文、教えて?」
夢じゃなかった……。
ただ、カネラが――
「ネッラ先生、昨夜の話は発表があるまで、生徒たちには秘密のはずです」
「えっ、そうだっけ」
「そうです」
「カアヤに話しちゃった」
はぁ……――と溜息をつくカネラ。
「カアヤ様なら、ネッラ先生よりもずっと良識がございますのでおそらく大丈夫でしょう」
「どういうこと!?」
「ベルチカ様も内密に」
「? わかりました」
後でカネラから話を聞いたところ、私の学院生活の邪魔にならないよう、周囲の大人たちが配慮してくれたらしい。アンリット様なら、そう思うだろう――ということで。まあ実際、その通りなので私としては何も言えない。
◇◇◇◇◇
その日の授業が終わり、私はカネラと共に屋根裏部屋に来て、魔術の準備をしていた。
「そういえば、ロゼリアさんに仕えていた時はどうしていたんですか?」
「レンネブルク家の魔術師に魔術を施してもらっていました。ロゼリア様の傍に置くにはふさわしくないと、触媒代は給金から引かれて……」
何かと言えば、カネラの顔の火傷のような痕のこと。あれは、魔術で隠してあったのだ。だから、周りの皆は誰も気にしなかった。ロゼリアでさえ知らなかったらしい。そして今日は朔日。多くの魔法の効果が切れる日。
「――ですが、アンリエット様には最初から見えておられたのですね。それなのに気にせずいてくださっていたなんて……」
「いえ、私もびっくりしましたし、むしろ周りが気にしていなかったので、自身を戒めました」
「さすがはアンリエット様でございますね」
何が流石なんだろう……なんて思いながら、彼女に変装の呪文を掛けてあげ、火傷の痕を隠してあげた。
◇◇◇◇◇
翌日も、そのまた翌日も、まるであの日は嘘だったかのように、何事もなく学院での生活を過ごしていた。




