第60話 ユリアン
「こちらはもう片付きましたか? アンリエットさん」
ミシャカラさんをオブリージアさんに任せたところで、やってきたその人物。
「おっ、お前は! どうしてここに居るのっ!?」
「近衛騎士が王城に居て、何か問題でも?」
彼女の姿を目にして、声を上げたのは後ろ手に縛り上げられたラネンシャ。
「だって、竜騎士に助けを求められて王都を立ったって……」
「詳しいですね。ですが、祖母は自分に何かあろうとも、誰かに助けを求めるなんて、死んでもいたしませんよ。――あなたには、後でじっくり聞かせてほしいことがあります。人間の中にも、悪意ある者って居ますからね」
現れたのはエスカイユさん。彼女は竜騎士の助力の求めが嘘だと分かった上で、当日は広場を離れると、私にこっそり連絡をくれていたのだ。
そして竜騎士は本当に女性だった。
ラネンシャは騙しただのなんだのと、喚き散らしながら連れて行かれてしまった……。よく言うよ……。
「……エスカイユ様。人に過激だとか言っておいて、自分は乗り込むってどういう了見ですか?」
「それは……ちゃんとアンリエット先生に教えられた通り、陛下や聖女様に相談して決めたことですから」
「エスカイユ、レンネブルクの屋敷はいかがでした?」
会話に入ってきたのは女王陛下。
エスカイユさんは膝を突き、首を垂れる。
「陛下、レンネブルクの屋敷に残っていた数名を捕らえました。いずれも人間です。ただし、地下室には頑丈な棺がありました」
「棺……ですか?」
「はい。中にはレンネブルクのユリアンが入っておりました。眠っておりましたので、心臓に白木の杭を打ち込み、絶命させました。血の眷属は憑依しておりませんでしたから、人間だったかもしれませんがね」
「知の化身でも正確な正体が分からない以上、致し方ありませんね。今後はエスラ先生が再現してくれた運命の精霊の玻璃で国を護りましょう」
「あれは、アンリエットさんが違いを見つけてくれただけですので……」
近くに居たエスラ先生が謙遜して言った。
陛下にはエスカイユさんから、今回の計画について報告してあったみたい。まあ、その上で任せてくれてたのならいいけどね。聖女様みたいに最初から何もかも信頼してくれてると、こっちが困る。
「それだけではありません。エスラ先生は王国にとって重要な、もうひとりの人物も連れ帰ってくれたではありませんか」
「それも私の手柄では……」
「いや、エスラ殿には助けられたぞ。最後の最後でまた、命を狙われたのだからな」
そう言って現れたのは明るい金髪の男性。それなりに齢はとってるように思えるけれど、祝福がある以上、正確な年齢はわからない。ただ、その端正な顔立ちは、どこか見覚えがあった。
「――やはり、私の言った通りロゼリアは偽者だったであろう、大臣殿?」
「はあ、確かに……」
「最初から私を信用しておけばよかったのだ。大臣も、ミシャカラ卿も、レンネブルクの肩ばかり持ちおって。エスカイユ卿を何のために近衛騎士へ取り立てたと思っておるのだ。卿が敵だというなら即刻首を刎ねてしまえばよかったのだ」
「しかし、知の化身の生まれ変わりを名乗る者でしたので……」
「大臣が妻のことで知の化身に恩義を感じているというのはわかる。だが陛下も含めて皆、知の化身を神聖化し過ぎだ。あれは知見に富んではいたが、中身は口が達者なだけのただの小娘だ。人の心に入り込もうと情に訴えかけるような狡猾さはなかった。事実を観て判断すべきだったのだ」
なるほど。命を狙われるだけの慧眼の持ち主だったわけだ。
私がじっと見ていると、その男性がこちらを見返す。
「――その知の化身の生まれ変わりが其方か。なるほど、確かに小生意気そうなところなど、よく似ておる。そう言えば…………其方、アンリエットというのか。実は、長く会っていないのだが――」
その男の正体を知って驚いた。まさか、私の運命を変えた人物がこの場に居るとは、考えもしなかったのだ。それは偶然、私が救ったあの馬車の人物でもあった。
そうして、天守前広場での一件は終わりを告げた。7年前も、この場所で大きな戦いがあり、アンリットが両脚を願いの呪文の触媒として捧げたのだという。
ドバル公ライハルトは第五夫人の元へと戻り、アンリットの死を発端として分裂した周囲の人々は、再びひとつに戻りつつあった。




