第59話 ミシャカラ
(なんだか昔、こんなのにやられた気もする……)
既視感が私を襲う。魔王アスター……賢者サーラ……。そんなことがあったような気も。
血の眷属たちは滅び去った。鑑定を執拗に行使して確認しておく。
やがて、昼間の太陽は、ぐるりと回転して再び夜の闇へと戻った。そして蜘蛛の拷問具の効果時間が切れ、ライハルトさんが戻ってきた。
「あなた!」
一連の戦いを目にした誰もが、その目を丸くし、口をぽかんと開け、呆然としていた。だけどトリアさんは、ライハルトさんの姿を目にすると声を上げて誰よりも早く駆け寄った。
「おお、トリアよ……。儂のかわいい妻よ……」
眠れる森のおぢは、妻の口づけで目覚めたのだ。めでたし、めでたし。
◇◇◇◇◇
「アンリエット殿、命を救って頂き、感謝する」
話は終わったんだから、撤収したいところなんだけど、そうもいかないらしい。ライハルトさんがトリアさんに寄り添われながら、私に声を掛けてきたから。
「候補者アンリエット、これはいったいどういうことか?」
大臣殿も問いかけてくる。
私はポケットから布に包まれた指輪を出し、大臣に見せる。
「ライハルト閣下は、この『生命の指輪』で一旦、目覚めて頂いたのです」
「目覚めて頂いた…………とは、もう解決していたというのか!?」
「いいえ。なんとか身体を起こして喋れる程度で、根本的な解決ではありませんでした。あの血の眷属がどのようにして閣下を元に戻すのか、知る必要がございましたから。その後に治す方法を調べるつもりでしたが、上手くいったのはたまたまです」
「ファルツ宮中伯よ、苦労を掛けたようだな」
「いえ、ドバル公が目覚められて何よりでございます。が、いったい……」
「やつは命と引き換えに自分の従僕になれと言ったのだ。儂の地位を利用し、王国を支配するために」
私はライハルトさんから事情を聴いていた。彼は脅迫されても、強い信念で以て拒否し続けた。取るに足らない相手なら既に殺されてしまっていたかもしれない。けれど、公爵、そして大臣という地位が彼を生き永らえさせた。だけどここにきて、『大賢者』という地位が手に入るなら、彼を一時的にでも魅了し、そののち始末してしまえばいい――そう考えたのではと思ったのだ。
魅了を使ってくる事はわかっていたから、鏡の瞳の呪文で邪眼を防いだけど、魅了なんて、効果は限定的。これまで屈していなかったのは彼本来の強さだ。
「閣下は御立派でしたよ。魅了にも、脅しにも屈しなかった。あの卑劣な血の眷属の――」
「ちゅうちゅうかい?」
振り向くと、そこには女王陛下。そして聖女様。
階段を降りてきていた陛下に対して、皆、膝を突き首を垂れる。
「アンリエット、貴女はもう次代の大賢者です。我々に膝を突く必要はありません」
「いいえ、こうしている方が楽ですので」
だいたい、偉くなったからって踏ん反り返るなんて性に合わない。
私は地上に足を着け、片膝を突いていた。
「では、頭だけでも上げてほしい。そして、できることなら立ち上がり、これからの我々に助言をしてほしい」
「陛下がそう望むなら」
アイリア女王陛下は、立ち上がった私を抱え上げる。
「今ここに、我々の知の化身が蘇った! 聖女の預言通り、ドバル公を眠りから解き放ち、さらには王国の脅威となる血の眷属さえも滅ぼした! これに異を唱える者はあるか! あるならば、この場で述べよ!」
そんな者はここには居らず、貴族たちは歓声を以て応えた。聖女様は微笑み、先生方は拍手で応えてくれていた。
レンネブルク家の者は衛士たちに捕らえられていた。ラネンシャが何やら言い訳をしてるけれど、衛士たちは容赦なかった。ロゼリアは気を失い、抱え上げられていた。まだ幼い、脅しや誘惑にも抵抗できない齢の女の子だ。魅了さえ解けば、更生の余地はあるはず。
ミシャカラ卿は両膝を地に突き、オブリージアさんに支えられていた。
「ドバル公ライハルト、元気な姿をまた見られて嬉しく思います」
「陛下、長らく面倒をおかけしました」
「えっと……陛下。ちょっとよろしいですか?」
陛下とライハルトさんが話し始めたのを見て、陛下の腕をすり抜ける。
「あの、ミシャカラ様」
うなだれていた彼女に声を掛けた。乱れ髪の隙間から、病んだ瞳が私を捉えた。
「――ミシャカラ様。残念ですが、ロゼリアさんはアンリット様の生まれ変わりではありませんでした。私も記憶があるわけではないので、生まれ変わりだなんて言うつもりはありませんが――」
「どうして……」
ぼそりと呟くミシャカラさん。
「――どうしてあの時…………私を眠らせたのです!!」
あの時――それは聖女様から聞いた。勇者一行が地下迷宮の最下層で魔族、マルグリードと戦った時のこと。
アンリットは、もう1体居た味方の魔族に命じて、遠く離れた地上のマルグリードの心臓を止めに行くよう命じた。ただ、味方だったはずの魔族は代償として、アンリットの魂を望んだ。切羽詰まったアンリットはそこで賭けをしたのだそうだ。呪文ひとつ分の猶予で、逃げられるかどうかを。その後、アンリットは自分を護っていたミシャカラを呪文で眠らせ、マルグリードに自身を討たせた。
実際には聖女様も女王陛下から聞いたそうなのだけど……アンリットが転生を前提として生きていなければ、死ぬことで逃げられるなんて考えないはず。これは間違いなく私だ。私がやったことなら、私がけじめをつける。
「あれはミシャカラ、あなたが悪いのではありません」
「私はまだやれた!! 私は…………私は、そんなにも不甲斐なかったのですか!?」
「いいえ。そうではありません」
「だったら! なぜ!!」
「私は自分がかわいかったのですよ。魂を取られて転生できなくなることが嫌だったのです。そんなちっぽけな我儘のために、あなたに大きな悔いを残させてしまいました。ですから、悪いのは自分の命を軽く見た私なのです」
きっとそういうことなのだろう。私ならそう考える。
「ご自分の命を大切にしてくださると言ったのに…………」
「…………ええ、ミシャカラ。ごめんなさい」
そして首から下げていたペンダントを、外して彼女の手に握らせてあげた。どういう経緯で手放したにせよ、今の彼女には必要な物だと思ったから。
「うう…………アンリット様…………申し訳ございませんでした…………」
嗚咽と共に泣き出してしまうミシャカラさん。私はその頭を抱きしめ――いいよ――って言ってあげた。




