第58話 大首領
「候補者アンリエット、儀式の邪魔をするようなら、即刻この場から――」
「お黙りください、大臣殿!」
大臣の制止に、私は声を張り上げた。
「――そのロゼリアが何をしようとしていたか、ご説明いたしましょう」
ただ、当のロゼリアは、ライハルトさんの首筋へ顔を近づけた!
「――無力化されよ!」
その短い言葉を放った途端、ライハルトさんの身体は宙の裂け目から現れた蜘蛛の脚のようなものに掴まれ、裂け目へと連れさられる! ロゼリアの牙は空をきる。
ヒイィ!――と、その光景に悲鳴を上げる貴族たち。
「落ち着け! 父は安全な場所へ逃がされただけだ! 安心せよ!」
声を張り上げたのはドバルの第二公子。その傍では、第五夫人が同意する。
「公爵を一時、退避させただけです! 公爵を傷つける魔術ではありません!」
私は、予め蜘蛛の拷問具の呪文が合言葉で発動するように、第6位階の変異魔術、条件発動呪文化をライハルトさんにかけておいた。もちろん、第五夫人には説明済み。
そして私は少しだけ宙へ浮かび上がる。身体が小さいからね。目立つように。
「ご説明いたしましょう。候補者ロゼリアは、何者かに憑依されております」
「憑依だと!? 馬鹿馬鹿しい、アンリット様が――」
「黙りなさい、ミシャカラ!」
つい口を衝いて出てしまった言葉。ただ意外なことに、ミシャカラ卿はその言葉に怯み、口を閉じた。
「――その者はおそらく、生命の力のようなものを自在に操れるのです。相手から生命力を奪い、脅迫し、時には魅了も使って支配下に置く。そうではありませんか?」
ロゼリアに問いかけた。
「戯言ですわね。誰がそんな話を信じるというのです。あなたの想像でございましょう? 嫌ですね、力無き者の嫉妬は。容姿だけ真似ようとも、知の化身にはなれませんことよ。そもそも、あなたに賢者の祝福などございませんでしょう?」
ロゼリアには本当に私の祝福が見えていないのだろうか? そんな話、女神さまにも聞いていない。
「あるのですよ、それがね。言い当てて差し上げましょうか? その男とその女、そちらの2人、そちらもです。それからそちら。合計11名ですね。彼らは皆、死体です。中身は血の眷属の隷属者。どうやら、彼らは死者にしか憑依できないようですが、あなただけは特別なのですよね。血の眷属の大首領、ちゅうちゅうさん?」
ロゼリアのあどけない表情が消え、まるで見た目は子供なのに中身は大人のような、ホラー映画にでも出てきそうな邪悪な表情の娘に変わる。
「はぁ? 誰がちゅうちゅうだ…………。憶えておけ、小娘。我が名はザッカース。血の眷属の大首領ザッカースだ!」
賢しい相手かと思っていたけれど、意外と短気だった。力に溺れて慢心したか。チョロすぎる。
「――この私が賢者サーラとして君臨する機会を……お前たちが望む平和的な手段で達成できたはずのものを…………我が王国の民として受け入れてやろうという寛大さが何故わからぬのか! そして私がどれだけこの機会を待ったと思うのだ、小娘!」
賢者サーラ……なんだか昔、そんな名前に転生したことがあるような気もする。
「――殺れ! 我が眷属どもよ! 我らを殺すこと能わず! たとえ引こうとも、人間に紛れ、何度でも甦る! だが今は、この腸の煮えくりをぶちまけてやろうではないか! 人間どもの血を奪いつくし、仲間を増やすのだ!」
ロゼリアは叫んだ! だけど御託が長すぎる! 既にこちらへ向かって駆け出していた隷属者も居たけれど、そこへカネラが立ち塞がる!
ゴッ!――と拳で殴りつけたカネラ。ただ、それはただの拳では無かった。自己回復を持つ拳闘士の力の源は、生命力の支配。隷属者が身にまとう、剥き出しの負の生命力を削り取った! 血の眷属にとっても拳闘士の祝福は天敵なのだ! 膝を突く隷属者!
エスラ先生とネッラ先生はそれぞれに詠唱を終え、念動力と魔術師の手の呪文でいくつもの玻璃の三角柱――運命の精霊の三角プリズムを宙へと浮かび上がらせる! デーテ先生やミルメイヤさんも協力して三角プリズムを掲げた!
そして私は、ザッカースが御託を述べている間に長い長い詠唱を! 第9位階の召喚魔術。天候を支配する呪文の中では最上級の呪文を唱える! ザッカースらが周囲の貴族へに襲い掛かった時には、詠唱の大半は終えていた。そして――
「天球支配!!」
天を仰ぐと月のない星空がぐるりと回転する! 空の全ての星々が流星のように西の空へ落ちていくと、あまりに早い薄明が訪れ、さらに暁は一瞬で正午の高みへと駆け上る! 陽光が降り注ぎ、視界の全てが目の眩むような白に支配される! 同時に、運命の精霊の三角プリズムからは紫の光が降り注いだ!
グオオオオオオオ!――憐れな血の眷属たちは運命の精霊に焼かれ、霧になって逃げようとするも、霧ごと焼かれていった!
「おのれ! おのれおのれおのれ! 貴様、あの小娘か! あの賢者サーラの生まれ変わりなのか!」
滅びていない白い靄がまだひとつ残っていた。勘が良いのか、悪運が強いのか、ロゼリアの身体を離れ、空高くに浮いていた。
「――だがこれで終わったと思うなよ。夜の闇は長い。私は常に闇に紛れ、お前をつけ狙うだろう。これより! 死ぬまで! お前が怯えて眠らぬ夜はない!」
高い所から宣う大首領さん。
(ハァ、めんどくさ…………呪文を)
私は目を閉じ、妖精界へ直接攻撃できる呪文を願った。すると――
(なんだこれ……星界魔術って……こんな呪文あったっけ……)
『魔王アスターを倒した時のアチーヴメント報酬だね。賢者サーラのときの』
女神さまの声が聞こえた。なんか時々、アチーヴメントとかいう元の世界の言葉を、覚えたからって使いたがるんだよね、この女神さま。――まあいいや。
その、使ったことも、習得したことさえない呪文を唱えた。
「粒子線召喚!」
頭上に渦が巻き、異界の力が流れ込む。その渦の中心は星界のどこかで行われている神々の星間戦争か、あるいは恒星そのものか、とにかくそんなどこかと繋がって、その先から精霊力の入り混じった膨大なエネルギーを指向性ビームとして呼び込んだ!
ドォォォン!――耳を裂くような音! 陽光の中でもはっきりとみえた光線!
妖精界さえも裂きながら、霧化したザッカースを飲み込む! そして――
――光が過ぎ去った後には、紫電が舞うのみだった。




