第57話 儀式
「アンリエットちゃぁん、できたよぉ~」
「ギャァアアア!」
夜、部屋に来訪者を迎え入れたアノリさんの悲鳴が響き渡った。
腰を抜かしたアノリさんの前に立つのは、赤い髪を乱れさせ、血のような赤黒い液体を零した長衣に黒い外套を羽織った女。
「お、おっぱいが化けて出た!!」
「ネッラ先生ですよ、先輩。――先生、その服はどうされたんですか?」
「ああこれね、なんか溶けて弾けちゃった。それよりもできたよぉ、ほら見て」
ネッラ先生が布に包まれた指輪を見せてくる。
「――手で触れないようにね。催してきちゃうから」
何が催すというのだろうか。とにかく、鑑定してみると――
生命の指輪――失われた強靭を少しだけ回復する。正常な者にも、大いなる豊穣の女神の祝福を!
――そう記されていた。これでライハルトさんはいくらか回復する可能性が高い。ただし、それで解決とはいかないはず。それと、鑑定結果には大抵、斜体でフレーバーテキストが書いてあるんだよね。女神さまの言葉で。
生命の指輪――ああ、イズミがいつか、この指輪でハッスルできる相手ができ――
……途中で読むのをやめた。
「うん…………できてると思います……。さすがはネッラ先生。助かりました」
「それで? 誰に使うのこれ?」
へへ――とニヤけ顔のネッラ先生。
「ライハルト閣下です」
「ライハルト!? あのスケベ親父の!? トリアまで奥さんにしてチクショー!」
何の話なのか、地団太を踏むネッラ先生。そう言えば、目的を話していなかった。
「誰が奇声をあげてるのかと思ったら! 先生! 何してるんですかこんな夜中――くっさ! なにしてたら2日でこうなるんです!」
「ナニしてたかっていうとねえ――」
「女子がしていい臭いじゃないですよ、これ!」
「女子って……。私、カアヤより十も上なんだけど……」
「なおさら悪いです。その年で結婚してない以上、女子でいいです! 下でシャワー浴びて行ってください! そのままベッドに入ったら怒りますよ!」
それを言ったらエスラだって……――などとブツブツ言いながら先生はカアヤさんに連れていかれてしまった。
さて、こちらは完成した。明日は第五夫人のトリアさんに会う。後は、エスラ先生が運命の精霊のペンダントを日没までにどれだけ作ってくれるかだ。
◇◇◇◇◇
当日の夕刻、晦の月が沈むころ、広場に篝火が焚かれる。王都にとって、篝火は今では古風な灯火手段だったけど、レンネブルク側から条件が出されたらしい。永続の光の灯りでは儀式に不都合だから、篝火を用意して欲しいと。
広場から天守へ上る階段。その階段を上りきった場所には、陛下と聖女様の席が用意され、近衛騎士らと共にこちらを見降ろす。ただ、そこにエスカイユさんの姿は無かった。なんでも、竜騎士からの緊急の連絡が入ったというのだ。『助けがほしい』――と。だから、彼女は王都を出て西へと向かった。
私はと言うと、デーテ先生、エスラ先生、ネッラ先生、そして護衛のカネラが傍に居てくれた。
レンネブルク家は広場に祭壇のようなものを用意した。それは、聖堂の物とも、神殿の物とも違う飾りつけ。田舎の魔女の儀式にも似ているけれど、そこに地母神様の象徴は無く、あるのは貴族たちが好むような透き通った葡萄酒――ワインに似た――と、発酵させていない硬くて丸いパンだけ。
用意された木製の台の上には、眠ったままのライハルトさんが運ばれ、横たわらされた。傍には第五夫人のトリアさんと、ドバルの第二公子が寄り添う。
「アイリア女王陛下、これよりドバル公ライハルト閣下を目覚めさせる儀式を行わせていただきます」
日が落ち、大勢の貴族たちが見守るなか、ロゼリアを筆頭としたレンネブルクの一同が一様に、顔の大半を隠す頭巾の付いた白い長衣をまとい、階段下で膝を突いて首を垂れた。ラネンシャはロゼリアの側に居たけれど、あのユリアンはこの場に居なかった。ミシャカラ卿は鎧を身にまとってロゼリアの傍についていた。
見たこともないシンボルが描かれた布。それがライハルトさんにかけられ、周囲には火の灯された燭台が並ぶ。レンネブルク家の一同、20名ほどが幾何学的な配置に並び、意味ありげな詠唱を始める。
実際に魔法が存在するこの世界では、本物と偽物を見分けることが難しい。なぜならば、片や複雑な魔術文字と論理的な演算で力を示す『魔術』と、なんだか分からないけれど神性を持つ存在に祈りが届けば力が示される『神性魔法』が同居しているのだ。お互いによくわからない魔法なんだから、法螺吹きが奇術を使ってもそれは魔法としか認識されない。
だけど両方を知り、使いこなし、そして鑑定の力がある賢者の前では偽の魔法は通用しない。
彼女たちの行っている儀式に魔法的な力は見えなかった。せいぜいが、彼女らに掛かった魅了程度。そして、彼女らの中に紛れ込んだ憑依者たち。誰も彼も、私の賢者の鑑定を探知妨害で騙せていると安心しているのか、こちらを気にも留めない。
儀式はすすみ、レンネブルク家の者には冷たい空気の中なのに、激しい身振り手振りと詠唱で汗をかく者まで現れた。ただ、その中でも表情ひとつ変えずに詠唱を続ける者たちがいた。
やがてロゼリアはライハルトさんに近づき、触れる。そしてその瞼に触れ、こじ開けて瞳を覗き込む。
(鑑定鑑定鑑定鑑定鑑定鑑定……)
何が起こっているのか、見逃してはならない。そして、ライハルトさんを傷つけるようなら、すぐにでも儀式を止めなくては……。
ライハルトさんの四角い窓、そこには『生命力の譲渡』と表示され、強靭がみるみるうちに回復していく。
対してロゼリアの四角い窓では、強靭が僅かに減少する。ただし、元の数値がおかしい。23!?――23は異常。人間で、これまで見たなかで伝説的な人物でも17か18。23は明らかにおかしい。それが1つ減っただけ。さらに――
ロゼリアはライハルトに対して『魅了』の力を使っていた。しかも、幾度となく! おそらくは血の眷属の力なのだろう。詠唱も何もなく、短呪文のように気軽に使うから普通に鑑定しただけでは見抜けなかった。
次第に、焦りの表情が見えてくるロゼリア。
頃合いと見た私は、その彼女へ声を掛ける。
「ロゼリア・レンネブルク。いくら試そうとも、視線による魅了は通じませんよ」




