第56話 ティレンカ
翌日の午後、カアヤさんの手配で聖女様と会う時間を設けてもらえた。聖堂の入り口では、あまりいい顔をされなかったけど何だろう。制服を着ていたし、約束があると伝えたら通してもらえたけどね。
「これはアンリエット様、大賢者候補として認められたこと、お祝い申し上げます。聖女様も、その場で声を掛けられず、たいへん残念がっておられましたよ」
聖女様のいらっしゃる区画の入り口で、ヒルデブラントさんが出迎えてくれた。様付けになっててびっくり。
「――ところで、ここまでご不快ございませんでしたでしょうか?」
「と、申しますと?」
「実は…………メレアのグレイムス様が、大賢者候補はロゼリア様で決まったようなものだと聖堂騎士たちの間で触れ回っていたようなのです。おまけに、アンリエット様を神殿の魔女の子だなどと……」
「ああ……別に、私は気にしておりません」
「我々は平民でしたから、そのようなことは決して」
「ええ。聖女様がご不快な思いさえされていなければ……」
「その点は大丈夫なのですが、それとはまた別の事で……」
(ええ……こんなときに……)
◇◇◇◇◇
「アンリエットさん、聞いてくださいます!?」
広い部屋へ通されると、バルコニーで外の植樹の綿毛のような冬芽を愛でておられた聖女様。それが振り返った途端、ぷくっと頬を膨らませ、口を尖らせて宣われた。
あっ、やべ――なんて、以前の私なら面倒くさがって逃げたかもしれないけれど、アンリエットとしての優しさが私自身を引き留めた。
「どうかされました? 聖女様」
「聖女様――なんて畏まらなくてもよいのです。もうすぐ大賢者様になられるのですから」
「いえ、まだ課題を達成しておりませんので……」
「そんなことよりも――」
(そんなことなの!?)
「――聞いてください。アイザったら酷いのです。カアヤから聞いた限りでは、私のためと言って出かけたというのに、美人の女性ふたりと一緒の旅だったのです。しかも向かった先は危険な樹海ですよ!」
「あのそれ、どなたから?」
「アイザ本人です」
(アイザさん、何やってんの! 馬鹿正直にも程があるでしょ!)
「……あのそれで、何が目的だったのでしょう?」
「これです!」
そうして指差したのは、白い丸テーブルの上の小さな卵。黒っぽいけど、よく見れば材質は木のように見える。表面は磨かれて光沢があり、複雑な木目が美しく、まるで瑪瑙のように見えた。
(へえ、これは……)
「――樹海の奥で美しい妖精に出会って材料を分けてもらった――なんて……どうせ私はちんちくりんです!」
「あの、アイザさんは別にそういう意味で言った訳ではないのでは……」
ヒルデブラントさんも困って眉をハの字にしていた。
「――聖女様、こちらを見てください。ほら」
私は卵を手にして聖女様の前に持って行く。
「――これだけ艶があって美しい。よく磨かれていると思いませんか?」
「それは…………アイザは指物師の祝福を得てますから……」
「それでもです。この複雑な木目、これは木の瘤を加工しているのです。それもかなり大きな。そして、これだけ緻密で複雑な模様となると、きっととても堅いはずです。祝福があるからと言って、簡単には加工できません。きっと、帰りの道中や宿では、ずっと磨き続けていたはずです。女性の事なんて考えている暇はありません」
「そうでしょうか……」
「そしてこの卵は、古王国で『ティレンカ』と呼ばれていた縁起物の盃です」
「盃? これがですか?」
「見ていてください」
綺麗に合わされた継ぎ目を境に上下で捻ってずらすと、ゆっくりとふたつに分かれた。
「――こちらの底の平らな方が女杯で、こちらの、手で持っていないと倒れる方が男杯です」
「中に……まだ何か入っていますよ」
聖女様は、卵の中から現れたものに興味を示す。
「これは、子供の人形です」
取り出した卵状の白木には、色が入れられ人形のように見える。さらに私はそれを上下に分けた。そこにはまた、少しだけ小さな人形。要は、マトリョーシカだ。
「――こっちは女の子でしょうか。ほら、これも開きます」
「また中から子供が」
そうして次々と開いていくと、最後には豆粒のような赤ちゃんの人形が。合計、8つも子供の人形が入っていた。アイザさんの腕がそれだけ優れているということだ。
「男女が杯を酌み交わし、夫婦となり、子供が生まれ、子孫繁栄する。この外側の木も、魔木化した柘榴の木の瘤です。樹海では普通の木は育たないと言われているそうです。そんな場所で育つことができた生命力の強い木。柘榴もまた、子孫繁栄の象徴です」
鑑定で得た知識をひととおり話してあげると、聖女様は唇を噛んで俯く。
「――聖女様。これは、アイザさんなりの求婚なんですよ」
「そんな……だって、アイザはなんにも教えてくれなくて……旅での詳しいことは、今は言えないからって……」
「今はでしょう? きっと理由があるのですよ。それに、男の人って我々が考えるよりずっとロマンチストなんです」
「ろまんち……?」
「その……感性が豊かなのです。私の…………その、お世話になっている方も、自分で作った物を好きな相手に贈ったんですって。だから、アイザさんも何か、自分で作った物を送りたかったんだと思います。それに『ティレンカ』の言葉の意味は『一途』です。ご安心ください。アイザさんは、聖女様のことしか頭にありませんよ」
そうして、ようやく落ち着いた聖女様は、アイザさんに謝罪の手紙を認めることにしたのだった。
結局、聖女様にお礼を言いに来たつもりが、逆にお礼を言われることになった。




