第55話 ペンダントの秘密
「はい。血の眷属の大首領が居るようです。隷属者たちの所属から確認しました」
震えるような吐息を漏らすエスカイユさん。
「やはり、生きていたんだ……。アンリット様を殺そうとしたあいつが……」
「7年前に現れた血の眷属は討たれたのですよね??」
「そう。アンリット様が太陽の光にペンダントをかざして――」
「! ペンダントって、もしかしてこれですか!?」
いつでも話が聞けるようにと、首からあのペンダントを下げていた。それを引っ張り出す。
「これ、師匠の!? どうしてここに!?」
私はカネラの話とレンネブルクのユリアンの事を説明する。
「隷属者が霧になって逃げ込んだ屋敷も、調べてみるとレンネブルクの屋敷でした」
「エスラは、このペンダントをたくさん作ろうとしたんだ。陛下にも手伝ってもらって。だけどできなかった。同じ物は作れなかったんだよ。師匠も決して手放さなかった。だから、魔族や血の眷属を発見する呪文の研究に切り替えた」
「作ろうとしたってことは、血の眷属の生き残りが居たんですよね?」
「大元のザッカースというやつは、死体を埋めた場所を聞き出して白木の杭を心臓に打ち込んだ。ただ、そのザッカースが血を吸って憑依していた男が残っていたんだ」
「じゃあ、その男が……」
「いや、ザッカースの死体に白木の杭を打ち込んだときに狂暴化した男は、すぐに殺され、同じく白木の杭を打ち込まれてる。ただ、実際にはもうひとり居たんだ。戦場で、同じ男に襲われて死にかけた小姓が」
「それって、もしかしてレンネブルクのユリアンですか!?」
「そう。だから男が狂暴化したあと、私が直接ユリアンを確認した。だけど何も無かった。おまけに彼は、昏睡していて今にも死にそうだったしね。……だけど蘇った。そしてこの7年、似たようなことが何度かあった。ライハルト閣下もそのひとり。ただし、閣下だけは蘇っていないし、死んでもいない」
つまり、血の眷属の仕業なのだろうけれど、確証が持てないってとこかな。
「私が乗り込んで暗殺してきましょうか? それなら手っ取り早いですし!」
「ふふ、君は小さい割に過激なことを言うね。だけど、今まで生き延びて、力を増してきた相手だ。何を企んでいるかわからないよ。何より、君を失いたくない」
失いたくない――なんて言ってもらえる人が居て嬉しかった。転生を何度も繰り返すと、人との繋がりは、どうしても諦めがちになる。
「じゃあやっぱり、私が大賢者になる必要があるんですね」
「そういうことだね。アンリット様ならなんとかしてくれる。――ね、アシスス」
「左様、左様! 主のかつての主は、本物の賢者であった! 拙刃など足元にも及ばぬ程に頭も切れ、度胸のある小娘であった! 無敵のマルグリードを屠ったその一手、その最後を見届けられたことを拙刃、誇りに思うぞ!」
剣が喋った!! エスカイユさんの佩いた剣が本当に喋った。
「知能のある魔剣ですか……。珍しいですね」
「よく知ってるね。こんな感じで軽口を叩くから、師匠から嫌がられて押し付けられたんだ。あのころは師匠も、アンリット様を失って参ってたから余計にね」
「ミシャカラ卿もそうですが、エスカイユ様も独りで頑張っていないで、他の誰かを頼るべきだと思うのです」
「え?」
「エスラ先生なり、聖女様なり。陛下だって元は仲間だったのですよね? でしたら、頼ればいいのです」
「だけど、エスラは研究と学院の事で手いっぱいだったから、これ以上迷惑はかけられなかったし、カナリ様も悩み事があるようで。陛下も同じく。特別な力を与えられた私が何とかすれば――」
「そういうところですよ!」
「というと?」
「そういうところです。力があるから、できるからって無茶をするのはいけないと、先ほどエスカイユ様が仰いましたよね? 皆さんだってエスカイユ様を失いたくないはずです。ちゃんと悩みを聞いてもらって、悩みを聞いてあげれば、自然と細事から解れていって、大事を協力し合えると思うのです」
「…………」
「だいたい、聖女様の悩み事って何だかご存じです? アイザさんが結婚してくれないってだけのことですよ? それ以外は聖女様、なんにも困っていらっしゃいませんでした」
「えっ、そうなの?」
「はい、だから他の人を頼って、迷惑を掛けましょう」
「…………そうか。そうだね、アンリット先生」
そう返したエスカイユさんは、ちょっとだけ鼻をすすって満天の星空を見上げた。
◇◇◇◇◇
翌日も授業を休むことをカネラに伝えてもらい、朝からエスラ先生の元へ。
「アンリエット様、その……ずいぶん変わられましたね」
迎えのリヴリエーヌさんにそんなことを言われた。
「私も腹を括りましたから」
「そうではなく、どこか儚げだった印象が、今では逞しく見えます。まるで、昔のアンリット様を見ているようです」
「先輩の目が節穴なのですよ」
「カネラも最初はロゼリア様をアンリット様と呼んでいたではありませんか……」
やっぱりふたりは知り合いだったみたい。
◇◇◇◇◇
「アンリエットさん、聞きましたよ。夜明け前にエスカイユ様が訪ねて参られました」
そう言ったエスラ先生は、リヴリエーヌさんが用意するローテーブルの朝食の横に、小さな三角柱の玻璃を並べる。ただどれも、あのペンダントのように紫には色づいていない。
「これですね。血の眷属の弱点という」
首から下げたペンダントを出して並べる。明らかに色が違う。
「付与魔術の工程は同じなのです。陛下にも確認していただいたので」
「…………これは、品質が違いますね」
「品質が? もっと質の良い玻璃が必要なのでしょうか? 陛下にお願いして、できるだけ質の良い玻璃を用意させたのです。中にはギレに用意してもらった物も」
「逆ですね。こっちの玻璃はもっと柔らかい蛍石を使っています。理由はわかりませんが、こちらの方が運命の精霊の力を大きく取り込んでいます」
「あの、宜しいでしょうか?」
――と、会話に入ってきたのはリヴリエーヌさん。エスラ先生が促す。
「――確かその玻璃は、たいへん急ぎでガラス職人から収めてもらった事を憶えています。ですから、もしかすると加工しやすい蛍石を使われたのかもしれません」
「そういうことでしたか……」
エスラ先生はがっくりと肩を落とす。
「先生、それを今から作れますか? できるだけたくさん」
「そうですね。――リヴリエーヌ、手配を。金に糸目は付けません。まずはギレに相談してみてください」
すぐにリヴリエーヌが部屋を出ていった。
「先生、あの侍女たちの死体はどうなりました?」
「とある場所の地下牢に。復活するといけませんから」
「私の習得している死霊魔術で、彼女らを殺された場所まで案内させることができます。呪文は提供いたしますので、真実性は確かめて頂ければ」
これも女神さまの助けで思い出せた呪文だった。
「――そしてその行きつく先は、おそらくレンネブルクの屋敷です。霧になった血の眷属が逃げ込んだのも、その屋敷でしたから」




