第54話 夜に潜む者
聖女様は後回し。エスラ先生は教員室に居なかったから伝言だけ残しておいた。できればエスカイユさんにも会いたいけれど……一旦、デーテ先生の教員室まで戻る。
「デーテ先生、これが何かわかりますか?」
私はあの古井戸に捨てられていた小箱を部屋から持ちだし、デーテ先生にその中身を見せた。
「これは……これはミシャカラがアンリット様の形見分けに貰ったはずのもの。どうしてこれを!?」
「実は、カネラが命じられて、こちらの小箱に入れられたまま光の届かない場所――街の古井戸に捨てられていたものなのです」
「これは、アンリット様が陛下とふたりで作られたものです。いろいろございましたが、アンリット様は肌身離さず身に着けていたものです。まさか、ミシャカラが手放すなんて……」
「これがどういったものなのかわかりますか? レンネブルクのユリアンがこれを捨てさせた理由を知りたいのです」
「運命という精霊の力が強いとアンリット様が言っていたことしかわかりません……。7年前、私は熱病に臥せって、アンリット様を見届けることができませんでしたから……。ですが、当時の一行の誰かなら、きっとわかると思います」
結局、エスラ先生との面会を待つことに。ネッラ先生にもう一度聞いてみたけどわからなかった。
◇◇◇◇◇
夜の見回り。女子寮の屋根裏部屋から飛び立つ。白の館のネッラ先生の教員室にはまだ灯りが灯っていた。明日の1限は遅刻かもしれないけど、今は頑張ってもらいたい。
透明になって空を飛ぶ。透明化は、地上だと意外と気を遣う。だって、誰も避けてくれないんだもの。透明になれば、どこへでも忍び込めるなんてのは幻想。その前に、廊下すら歩きづらい。
その、孤高のはずの空に生物の気配。
パタパタッ!――舞うのは蝙蝠の集団。
高い空は渡り鳥や獲物を探す鳶の領域。蝙蝠は彼らほど飛ぶのが上手じゃないし、餌を求めるにしてもずっと低い所を飛ぶ。おまけに現れたのは集団。そこへ――
バッ!――と外套を翻して現れた、空を飛ぶ黒い影。長剣を振るい、宙を舞う蝙蝠を斬り裂いていく!
キャッ――その影と交差しそうになり、短い悲鳴を上げてしまった。
「何者ですか!」
「斬らないでっ!」
黒い影は長剣を振り上げる! 私は透明化を解除して声を上げた!
「あなたは……」
「アンリエットです、エスカイユ様」
エスカイユさんは長剣を収めてくれた。
「魔術を憶えている――というのは本当だったのですね」
「ええ、まあ、だいたいは…………」
魔術の呪文はたくさん憶えているけれど、魔術師たちと違って上手に使いこなせるわけではない。結局、普段使うのは片手か両手の指に収まるくらいで、自在には使いこなせないし、そもそも思い出せないことも多い。
『それじゃあ大賢者として心許ないなあ』
突然、頭の中に声が響く。女神さまの声だ!
『――目を瞑って魔法をって頭の中で言ってみ』
(魔法を……?)
するとどうだろう。瞼の裏に膨大な数の魔術呪文と、いくつかの神性魔法の呪文が並んだ。しかも、必要な効果を願うとその呪文が表示され、詠唱の発音まで頭に響く。
(すっごい便利だけどこれ、全部こっちの言葉と魔術文字だね……)
『だって翻訳たいへんなんだもん!』
ともかく、女神さまの計らいで、これまでよりずっと賢者らしく振舞えそう。
「――いえ、大丈夫。全部覚えていますから」
そう、エスカイユさんにも返せたのだ。
「――ところで、こんな所でいったい何をされていたのですか? さっきの蝙蝠は?」
自分こそ何をしているのかと思うけれど、エスカイユさんは答えてくれる。
「……さっきの蝙蝠は、ただの蝙蝠じゃないんだ。君にはわかるかい?」
「はい、血の眷属の蝙蝠とあります」
「血の眷属…………そういうことか」
「……何か、ご存じなのですか? 私、少し前にも動く死体――血の眷属の隷属者と王都で戦ったのです」
すると、目を丸くするエスカイユさん。
「さすがはアンリット様の生まれ変わりだね。王国のためにそんなことまでしていてくれたとは」
「あの……別に私は正義の味方とかそんなんじゃないですからね。こんなことができるなんて知られたら、国にとっては脅威でしょうし、だいたい私だって仕方なくやってるだけですから」
「そういうところも含めて、アンリット様らしいと思うよ」
フフ――とエスカイユさんは微笑んだ。
◇◇◇◇◇
月のない満天の星空の下、私たちは女子寮へと戻り、屋根へと腰かけた。第2位階の変異魔術、凪の空間 の呪文で周囲を暖かくする。さらに、屋根裏部屋で待機していたカネラに茶葉を持ってきてもらい、第1位階の降霊魔術、お茶の時間の呪文で魔法のティーセットとティーサーヴァントを召喚した。
「こんな呪文、アンリット様でもみたことがないよ」
「まあ、そうかもしれませんね……」
そもそも今の今まで忘れていたと思う。いつ習得したんだ、こんな呪文……みたいなのがたくさんあった。森の中で脚が動かなくなる妖精の一矢だとか、|牛乳を腐らせなくする呪文だとか。
ふたりの間に浮いた丸いお盆には、ティーポットとティーカップが載っていた。それを小さな霊が提供する、英国面が過ぎる呪文。
「さっきの話の続きだけど、あの蝙蝠だけじゃないんだ。あれは時々、私が見つけて排除していただけ。蝙蝠以外にも、平民街で浮浪者に紛れて私を襲ってきたこともあるし、街の外では狼の姿だったこともある」
「狙われていたんですか!? それにしても、よく夜にあんなのを見つけられますね」
「私には……そうだね、君になら話してしまっても構わないだろう。私には悪意や、この世ならざるものを見つける力があるのさ」
「……だとすると、私もそのひとりですね」
私はもともと我儘だし善人じゃない。中身だってこの世界の人間じゃない。すると――
「ふふっ……。君はそんなところまで同じなんだね」
「?」
何故かエスカイユさんには笑われた。
「とにかく、私には人間の中に紛れ込んだ魔族がわかるんだよ。それでね、あの彼女が最初に王城へ姿を見せた時、よからぬものだと思ったんだ。だから排除しようとした」
いくらか顔をしかめるエスカイユさん。
「――けれど、それは私の師匠に止められたんだ。あのミシャカラ卿さ」
「ああ……」
なんとなく当時の状況が見えてきた。ロゼリアの反応も理解できる。
「けれど、二度目に彼女を目にしたときには何も無かったんだ。調べたけれど、双子が居るわけじゃない」
「彼女は憑依されています。可能性としては……」
「人間の振りをした血の眷属が王都に紛れ込んでいるんだね」




