第53話 試練
陛下の決定は、ある程度示し合わされたものだったのだろう。特に異を唱える者は無く、何よりミシャカラ卿やカイルラント子爵といったレンネブルク家に関わる者の面々からはむしろ、自信に満ちた表情が見て取れた。
「こちらがドバル公の眠る寝室でございます」
私たち候補者とその付き添いが案内されたのは、王城の離宮。本来であれば王族が使う場所だった。それを陛下がドバル公ライハルトのためにわざわざ使わせてくれているのだという。何者かから護っているにしても、どれだけ陛下にとって重要な人物なのかが窺い知れる。
「大賢者候補の皆さま。この度は公爵の呪いを解く方法を探して下さると陛下から伺いました。公爵に代わって、感謝申し上げます」
亜麻色の髪のいくらかふくよかな女性が頭を下げて出迎えた。ライハルトさんの第五夫人、トリアさん。なるほど、世の男性が好きそうな印象のご婦人ではある。けれど、当のライハルトさんは普通に強面の髭のおじさんだった。さしずめ、眠れる森の美女ならぬ、眠れる森……眠れる宮のおぢ?
私とロゼリアは、ライハルトさんの眠るベッドの脇へと進む。
「鑑定」
共にふたりは同じ文句を口にする。
ライハルトさんの頭の上には名札が現れ、注視すると四角い窓が上向きに広がる。女神さまが作ったインターフェイスは、古典的なPCゲームのような黒バックに白フレーム、セリフ書体の英数字のフォント、そして何故か丸ゴシックの日本語フォントで表示される。もちろん、この世界の文字とは異なる。
そこには呪われているの表示。呪いの類は鑑定では詳細を読み取れない。まだ表示が出ているだけマシなくらい。ただ、ここまでは想定内。魔女であり、ライハルトさんを診たことのあるミルメイヤさんに話は聞いていたから。
賢者の鑑定結果には、ライハルトさん本人の能力値なんてものも数値化されて表示される。それぞれの数値の意味はなんとなくでしか分からない。そもそも女神さまによる評価基準がわからないからだ。とにかく、その中の強靭が異常に下がっていた。常人ではありえない、3という数値まで。
強靭というのは生命力みたいなもので、常人なら10前後。これが例えば魔術触媒無しに魔術を使ったり、病気や激しい疲労、空腹で衰弱している場合に2つ3つは下がることもある。けれどこの数値は異常だ。昏睡に近い。
(これを鑑定でどうにかしろと言われてもね……)
「わかりました。ドバル公をお助けする方法が」
答えたのはロゼリアだった。
さすがに私もその言葉を聞いて眉間に皺を寄せた。理由は、彼女の言葉に嘘が含まれていたからではない。ロゼリアの四角い窓に賢者の祝福が見当たらなかったからだ。ではなぜ、わかったなんて言うのか。それは最初から知っていたからに他ならない。
想定はしていた。ミシャカラ卿ではないにせよ、派閥の誰か。あるいはレンネブルクの人間がライハルトさんに呪いを掛けたのではないかと。ロゼリアがその呪いを解く方法を知っているというなら、それは彼女の身近に居る何者かだ。
「――日時を指定いたします。3日後の日没後。場所は天守前の広場にて。私が呪いを解いてみせます」
「候補者ロゼリア・レンネブルクは方法を見出した。候補者アンリエットはどうか」
大臣に問われる。
「わたくしは、ロゼリア様が上手くいかなかったときの控えとして、当日、同行させていただきますね」
「なんだと!?」
「控えです。何事も、冗長性というものが大事ですから」
まあ、冗長性なんて、よく理解されなかったけれどね。
レンネブルク家の関係者は、ラネンシャを始めとして何人かが魅了されていた。ただ、憑依は見当たらなかった。呪いも同じく。血の眷属の隷属者の能力ではない。可能性としては血の眷属の大首領か……。
◇◇◇◇◇
できることはやっておくしかない。さすがに、ロゼリアとやりあった時のように天守前の広場に儀式魔法を準備するなんてわけにはいかない。夜でも歩哨が見回っているからね。
そして強靭が下がっているなら、上げればいい。もちろん、そんな簡単な話ではないけれど、呪い程度のことはできる。何しろ、ここはファンタジーの世界だ。私は大臣に、質のいい指輪かネックレス、そして大きめの魔石、質のいい柘榴石をいくつか所望した。もちろん、ライハルトさんのためと言えば大臣殿も用意せざるを得ない。
大臣に無理を言って急かせ、鑑定でよさそうな素材を選び、カネラに持たせた私はその脚でネッラ先生の教員室を目指した。
「あら、アンリエット。今日はお城で用があるって聞いてたけど」
顔を出したのはカアヤさん。
「今度はなあに? アンリエット?」
奥から聞こえた気だるげな声。昼休みだったためか、ネッラ先生の所にはカアヤさんが面倒をみにきていた。
「先生、お願いがあります。生命力を上げる指輪を作ってください」
「なにそれ、どうやって作んの?」
ローテーブルの上に、カネラが素材を並べると、目を輝かせるネッラ先生。
「――でっかい魔石。それにこっちは高そうな指輪。これ使っていいの? けど、魔法の指輪なんて簡単にできるものじゃないよ?」
「先生! お昼を先に食べてから!」
ネッラ先生に食事を取らせながら説明する。
「単純な効果なら、精霊界との繋がりを強めるだけでいいはずです。お湯を沸かすために四大精霊の地と水と風の精霊界への通り道を塞いで、火の精霊界への通り道を広げるように」
「けど、それだと指輪が熱くなるだけじゃない?」
「だから十大精霊の生命の精霊界への通り道だけ広げるんです」
「十大かぁ。十大の資料は陛下から貰った物があるけど、素材が希少な上に複雑だし、研究にも時間がかかるんだよね」
「そこはお任せください」
そう言って、テーブルの上の柘榴石の入った袋をひっくり返し、選り分ける。
「これ全部生命の精霊の力が強い石ばかりですけど、これとこれが特に強いです。この石を最初に火の精霊力だけ残すように付与して、それから火と生命に分化するのです」
「えっ、そんなことがわかんの!?」
「はい!」
私の鑑定には、よくある四大精霊というやつだけじゃなく、十大精霊の力というものが見える。そしてどこかの生で、その力が付与魔術の役に立つことを知った。付与魔術というのは、物に力を与える魔術。
「すごい……アンリット先生みたい……」
先程とは変わって、今度は少女のようなあどけない顔を見せるネッラ先生。
「――でも、どうしてそれだけわかって、自分でやんないの?」
「だって、ネッラ先生の方がずっと上手にできるから! 頼りたいのです!」
「私の方が……」
「あとそれから、他にもやることがたくさんあって、調べないといけないこともあるので全部ひとりではできないのです。エスラ先生やデーテ先生にも会いに行かないといけませんし、聖女様にもお礼を言わないと――」
「カナリ様なら午前中はお城で、午後は陛下をお茶に誘うって。――あっ、もしかしてアンリエット、今日って大賢者候補の話だったの?」
「そう。だから忙しいの!」
「頼りたい……」
「では、お願いしますね。ネッラ先生!」
そう告げて、教員室を飛び出していった。




