第52話 もうひとりの大賢者候補
「魔術師の祝福と賢者の祝福、ふたつを授かったというのか? そのような話は聞いた事も無い」
大臣がデーテ先生に返した。まあ、普通はそうだ。祝福がふたつもあるなんて、私も聞いた事が無い。唯一の例外が勇者。勇者の祝福は、複数の祝福の特性を併せ持つ。ただそれでも、私の鑑定には『勇者』の祝福しか映らない。
「これは私の仮説ですが…………賢者の祝福には『鑑定』しか力が無いと言われて参りました。ですが、もしかすると、賢者の祝福には過去の持ち主が習得した魔術を、全て記憶できるのではないでしょうか。賢者という、その名の通り」
デーテ先生の話はあくまで仮説でしかない。だけど、私が女神さまから貰った能力を正確に言葉にしていた。
「全ての記憶と言ったな? 消去以外の魔術が?」
「アンリエット様は過去に習得された全ての魔術の記憶を持っておられるそうです」
魔術師の祝福を持つ者でも全ての記憶は残らないと聞くぞ――そういう声が貴族たちの間から聞こえてきた。それはそう。そこへさらに――
「そんな馬鹿な! ありえない話です!」
叫んだ声は謁見室の入り口から聞こえた。声の主はラネンシャと表示される。あのユリアンを婿に迎えたレンネブルク家のラネンシャだ。ただ、こちらが顔を伏せているので彼女の鑑定結果を読み取れない。
「ラネンシャ・レンネブルク、遅かったではないか。既に大賢者候補の選定は始まっておるぞ――」
「選定ですって!? 次代の大賢者は、ロゼリア様で決まったのでは? カイルラント子爵、どういうことです!」
「ラネンシャ嬢、落ち着きなさい」
大臣の言葉にラネンシャが反発し、カイルラント子爵とやらが宥める。
「ロゼリア様には勇者様と聖女様の記憶があるのですよ!」
「ラネンシャ様――」
声を掛けたのは聖女様。それを遮ってラネンシャは続けた。
「聖女様! 聖女様でございましたら、よく御存じのはず。聖女様の私事の多くを言い当てていたではございませんか!?」
「ラネンシャ様、御前ですよ。――大臣殿。ここは大臣殿が忠告すべき所ではございませんか?」
「申し開きもございません……。――ラネンシャ・レンネブルク。御前である。膝を突き、首を垂れよ。ロゼリア・レンネブルクも同じく」
言葉を失くすラネンシャ。ただ、それに異を唱える者が居た。
「ロゼリア様もですか!? アンリット様の生まれ変わりなのですよ! 知の化身に跪けと!?」
声はミシャカラ卿だった。そこへエスラ先生が――
「ミシャカラ卿、ロゼリアさんがアンリット様の生まれ変わりと決まったわけではございません」
「エスラ……貴様、納得していたのではないのか!」
「はい。そして本物であれば、周りが御膳立てなどせずとも自然と理解できるものだ――そう分かったのです。なぜならば、我々はお互い、アンリット様を知る者なのですから」
ミシャカラ卿、ここは引いた方がよかろう――と、彼女の傍に居る誰かが促す。そして、私たちのすぐ隣に、ラネンシャとロゼリアが膝を突く。
「デーテ・ドバル・プロキシモよ。ロゼリア・レンネブルクと同じく、アンリエットに陛下や聖女様の記憶があるなら証明してみせよ」
「証明の必要はございません」
「……それはどういう意味か」
「アンリエット様には陛下の記憶も、聖女様の記憶もございませんから」
「なんだと?」
「それでは候補などとは呼べないではないか!」
「よくもどこの馬の骨ともつかないような平民を連れてきたものだ」
大臣の言葉に続き、貴族たちもどよめき、中にはデーテ先生に野次まがいの言葉を飛ばす者まで。
「当然でございましょう。そのような条件、大賢者候補の条件には含まれておりません。美しい黒髪の賢者の祝福を持つ女。それだけのはずです」
「だが、記憶がある以上の証拠は無いぞ」
「陛下の、賢明なるご判断にお任せいたします」
すると、しばらく間があって――
「宜しいでしょう。確かに、デーテ先生の言うように、記憶は重要ではありません。4人とも面を上げなさい」
そう告げたのは陛下の声。ようやく顔を上げることができた。玉座にはアイリア女王陛下。傍に控えるのはふたりの近衛騎士。そのひとりはエスカイユさん。エスカイユさんの表情には、私と会話する時の柔らかさは微塵もなかった。
対して、陛下の顔は穏やかだった。
「――我ら、当時の一行が存命のうちにこのような判断を求められる場があって良かった。――聖女カナリはアンリエットを推すのですね」
「はい、陛下」
「そしてミシャカラ卿はロゼリアを」
「……」
「大魔術師エスラはどちらを?」
「判断を求められた当初より、私の目は節穴だったという自覚がございます。ですので、この場はこのまま見守りたいと存じます、陛下」
「そうですか。戦魔士シャルヴィエと神殿の護り手バルマシアが居ないこの場では、我々に判断を委ねられるということですね」
我々というのはつまり、王の言葉で自分を指す。
陛下は玉座から立ち上がり、声を高くした。
「ここに居る全ての者を納得させるため、それぞれの候補者自ら、正当性を証明してみせよ! 知の化身は常に国を想い、民を想った。では、その志を継ぐ者であることを示せ! 大賢者として、前大臣であるライハルト・フォル・ドバルの呪いを解く方法を見つけ出し、目覚めさせるのだ!」
おお!――と、貴族たちから湧き上がる声。そして――
「――これは、聖女カナリの神託でもあります。必ずできると信じていますよ」
私たちに微笑みかける陛下。
選りによっていちばん苦手なのがきた。




