第51話 大賢者候補
「宜しい。謁見を望む者のみそのままで、皆、直りなさい」
大臣の声に周囲の貴族たちは立ち上がる。私とデーテ先生だけ、玉座の前の段下で両膝を突き、頭を下げた状態。
「――では、デーテ・ドバル・プロキシモよ。此度の件、鉱国の行く末に関わる重大かつ、慎重な判断を求められる旨を心し、御前にて、嘘偽りなき報告を述べよ」
「はい。こちらにお連れしたアンリエット様は、神殿の特待生として学院史上最短の3日で試験を終え、王立魔術学院へ入学いたしました」
「待ちたまえ、デーテ・ドバル・プロキシモ。第11期生の最短は聖堂の特待生であったと聞いているが?」
「大臣、それについては私が説明いたします」
その声は、試験の日に居たトラエクという文官のものだった。大臣が続きを促す。
「――アンリエット君は夏の試験ではなく、昨年の暮れに神殿からの要請により試験いたしました。話題になっていないのはそのためでしょう。昨年は神殿の特待生はひとりも居りませんでしたから、手続き上の問題はございません。試験も公正に行われたと保証いたします」
「立会人はトラエク・スパキッス、君だけかね?」
「ロフォール卿に見届けて頂きました」
ロフォール卿であれば子供相手と言えど、甘くはあるまい――といった声が貴族たちの間から聞こえる。
「わかった。続けたまえ、デーテ・ドバル・プロキシモ」
「はい。基礎魔術の授業でアンリエット様は、最初から消去の魔術が使えると判明いたしました。オリヤ先生は魔術師の祝福ではないかと考え、エスラ学院長も同意しました」
「魔術師の祝福? 賢者ではなく――か?」
「左様にございます」
「それでは知の化身の生まれ変わりとしての条件に不足するではないか!」
大臣が返した言葉に動揺した貴族たちがざわつく。そこへ――
「大臣、最後までデーテ先生の話を聞いてみましょう」
そう言って制した声は、正面、玉座に座るアイリア女王陛下だった。
「……承知しました、陛下。――デーテ・ドバル・プロキシモ、続きを」
「その後、皆様ご存じのように、アンリエット様は聖女様より、知の化身の生まれ変わりとして認めていただきました」
ざわり――と再び多くの貴族たちの間に動揺が走る。まるでそんな話、初めて聞いたかのように。
「その話、誠か? 聖堂からは候補者のひとりがみつかったという話しか届いておらぬぞ」
「誠でございますよ、大臣殿」――と返したのは誰でもない、聖女様本人。
「――でなければ、どなたかが話を曲げて伝えられたのでしょうか。聖女として祭り上げられているだけの、たかが小娘の言葉でございますから」
そのようなことは決して――と慌てて否定する大臣。
聖女というのは、勇者と共に魔王と戦うための切り札。だからこの国では王族並みの扱いを受ける。けれど大抵の場合、本人にとっては権威なんてどうでもいい。そういう所が聖女たる所以なのかもしれない。
ともかく、聖女様はそう皮肉って、文句のある貴族たちを黙らせた。
デーテ先生は続ける。
「ただその直ぐ後に、アンリエット様は拐かしに遭います。学院の地下、取り壊した古い警士詰所の封じられた地下牢へと閉じ込められたのです」
「そのような場所が残っているのか?」
すると別の誰かが答える。
「はい、大臣。先の魔族との戦争の際、捕らえていた魔女ミルヌが牢の中で石になったそうです。前大臣のドバル公はこれを破壊せず、地下牢ごと封じられました。鉱国にとって、いつか必ず必要になるからと厳命されました」
「誘拐したのはレンネブルク家の侍女でございます。レンネブルク家からは、侍女らは既に処分され、暇が出されています。また攫われた娘には謝罪する用意があるとのこと」
別のひとりが付け加える。貴族としては、平民のひとり程度どうでもいいのだろう。謝罪するだけ、まだ誠意を見せているつもりなのだ。腹立たしいけれど、平民にはどうしようもない。
「大臣殿、宜しいでしょうか?」
そこへ声を上げたのがエスラ先生だった。
「大魔術師エスラ、何かね?」
「学院には貴族も平民もございません。生徒を害されたのであれば、我々はレンネブルク家に強く抗議し、首謀者を突き止めていただけますよう要求いたします」
平民を害するのに謀など――と鼻で笑う声が貴族たちのなかから囁かれる。あの入学式のときのように、エスラ先生を軽く見る声まで。
「レンネブルク家は謝罪すると申しておるが――」
「大臣殿、不束ながら、わたくしも要求させていただきます」
聖女様が大臣の言葉を遮る。さらに――
「――陛下もですよ。何しろ、王立魔術学院の生徒たちは陛下の庇護下にあるのですからね」
そう続けると、しばしの間ののち、大臣はエスラ先生の要求を受け入れた。
デーテ先生の報告は続く。
いい加減、両膝を突いて下を向いてるのが辛くなってきた。私は女の子らしく両膝をつくより、片膝を突いた戦士の畏まり方のほうが性に合ってるみたい。
「丸一日以上、暗くて冷たい地下牢に囚われたアンリット様は、そこで女神さまの啓示を受けられたのです。そして、賢者の祝福に目覚められたのです」
大きなどよめきが謁見室に沸き起こった。




