第50話 陛下の前へ
「あの――」
「ただ」
静かな間ののち、共に発した私とエスラ先生の言葉が重なる。
「――ただ、私はその方が何者かを探ることはいたしません。なぜなら、思い出したからです。私も」
ふぅ――と息を吐いたエスラ先生は、どこか憑き物が落ちたような、柔らかい笑顔を見せる。
「――自分のことを覚えていてくださらない――などと、なんて子供っぽい考えだったのでしょう。アンリット様は仰いました。供をした、どの勇者のことも憶えていない――と。アンリット様は生まれ変わる度きっと、誰のことも記憶に残されないのでしょう。だから前向きなのに、どこか孤独で、何かを諦めたような方だったのです」
エスラ先生は、明らかに私をアンリットとみなして喋っていた。そしてそのアンリットは、きっと私だ。幾度となく勇者の供をしたなんて人間、きっと私以外に居ない。前世の私は、その秘密をエスラ先生に話したのだ。
「――リヴリエーヌも、今の話は墓まで持っていってください。――カネラは当然、秘密にしてくれますよね?」
私が何も返せないでいると、エスラ先生は侍女のふたりにそう告げた。
「承知いたしました」
「もちろんでございます」
「ではカネラ、アンリエットさんをデーテ先生の所へお連れしてください。きっと上手くいきます」
そう言って、私はデーテ先生の執務室へ送り出された。何が上手くいくのかは説明されなかったけれど。
そして、デーテ先生に翌日の陛下との謁見のことを知らされた。知の化身の生まれ変わりの候補者として、御前に立つのだ。
◇◇◇◇◇
さて、そもそも大賢者って何?――という話になる。何しろ、私が千年以上も転生を繰り返してきて、大賢者なんていう地位も、役職も聞いたことが無かったからだ。国王付きの魔術師が賢者と呼ばれたことは歴史上、何度かあるようだ。けれど、大賢者なんてのはない。
王都を救った『知の化身』、あるいは『救国の賢女』の生まれ変わりとして、賢者の祝福を持つ黒髪の娘を大賢者に迎える――なんて、今から思えば私が転生のことを話したとしか思えない。転生しても、大体は似たような黒髪ストレートだし、似た容姿の人は少ない。
この世界の人間は、知る限り赤毛から金髪、そして茶色の髪がほとんど。黒髪と呼ばれるのは濃い茶色で、稀に見る完全な黒髪は天パが多い。青とか緑とかピンクの髪の人間は居ない。だから私の黒髪ストレートは目立つ。おまけに、ブルーの光沢が混ざるから若干グレーっぽく見える時もある。
つまり、狙い撃ちで私を大賢者に据えようという魂胆だ。
いや、私は前世でどんだけ感謝されることをしたのか。まあ、確かに両脚を犠牲にして大祝福とか? ちょっと理解不能なことまでやってるけどね。おまけにデーテ先生から聞いた話では、この決定はこの王国――つまり鉱国の円卓会議で承認されたものなのだそうだ。円卓会議というのは国王を決めるような大領主たちの会議。大領主たちを説き伏せたなら、それなりの人数が私の転生のことを知っているかもしれない……。
大賢者には、国王への助言者として独立した権威と、公爵と同等の円卓会議での議決権、専用の私邸が与えられる。それも王城の天守まで回廊を通って徒歩5分!――かどうかは知らないけど、とにかく一等地に建てられるらしい。旧ミリニール公の邸宅を取り壊した跡地だとかなんとか。現ミリニール公、アイリア陛下の邸宅は離れた別の土地に建てられたそうだけど、陛下はそれでいいのだろうか……。
正直、ここまで運が巡ってくると、逆に怖い。私がその地位に就いても暗殺されそう。
そして、そうなると当然、偽物だって現れるよねって話。
◇◇◇◇◇
学院の制服に青い外套を羽織った。制服というのは、こういう時に楽だね。上流階級への謁見のために新しい服を仕立てなくて済むし、流行の服を着ていないからと言って馬鹿にされることもない。
私はデーテ先生と共に、天守の謁見の間を訪れた。謁見の間には大勢の武官、文官ら貴族が居て、やってきた私を目にすると、物珍し気に眺め、それぞれに所感を述べあう。その中にはミルメイヤさんの姿があり、そしてミシャカラ卿という人物もその名が目に入った。
幸いなことに、ミシャカラ卿は魔法に魅せられていなかった。
ただ、彼女の顔色は悪く、どこか上の空に見えた。
謁見室の正面、一段高くなっている壇上には、それぞれ地位の高い人物が並ぶ。
向かって右手には、記憶にある限り本来、王族が並んで座るはず。が、座っていたのはあの王配テロキだけ。大人しく座っている様は本当に少女のようだった。けれどあれは魔王。騙されてはいけない。傍にはおそらく彼のための近衛騎士が立つ。
向かって左手には聖女様がいらっしゃった。緊張した他の面々と異なり、穏やかな表情で広い謁見室の面々に微笑みかけていた。その傍らには嚮導司祭様が座り、グレイムスという聖堂騎士が護衛として傍に立っていた。
玉座の右手脇には大臣であるファルツ宮中伯と呼ばれる恰幅の良い人物が立っていた。その大臣が声を上げる。
「国王陛下のご入室である。皆の者、膝を突き首を垂れよ」




