第44話 オブリージア
「ようこそ、お待ちしておりましたよ」
現れたのは生徒会長のオブリージアさん。実はあの日以来、私はできるだけ彼女を避けるようにしていた。
「なっ……、デーテ先生! いったいこれはどういうことですか。なぜ彼女がここに! それにそちらは魔女騎団の団長殿!?」
私たちを見て眉をひそめるオブリージアさん。
ミルメイヤさんは、私におどけた顔をしてみせる。
「先日の聖堂からの通達はオブリージアさん、あなたにも伝わっているのではないですか? 聖女様のお言葉が」
「聞きましたよ。ただあれは、また現れた知の化身の生まれ変わり候補のひとりにすぎないと……」
「それはあなたのお母上から伺ったのですか? 少なくとも我々には、聖女様が確信されたと伝わっております」
「それは……」
「それに、アンリエット様は賢者の祝福に目覚められました」
「なっ!?」
「デーテ! 話してしまってもいいのか!?」
ミルメイヤさんが立ち上がって声を大きくした。
「ええ。彼女を繋ぎ止めておくためにも必要です。生まれ変わりとしての預言の条件のひとつですからね。――オブリージアさん。あなたのお母上をなんとかしたい気持ちは私も同じです」
「私は…………私は母が間違っているとは思っていません」
そういうものの、いくらか俯くオブリージアさん。
「――ですが、エスカイユ様は母を良く思っていないようで、味方になってくださらないのです」
「当然でしょう。エスカイユ様は近衛騎士の地位にあります。陛下に従い、御身を護るために傍に置かれ、信頼されているのです。ご自身の意見を公にすべき立場にはございません」
「だって…………母や私にとっては家族のようなものだったのですよ!」
「それでもです。それが、エスカイユ様が目指した騎士というものなのです」
そこへミルメイヤさんが口を挟む。
「だいたいそのエスカイユは神殿の元孤児だろう?」
その言葉に、オブリージアさんはミルメイヤさんを睨みつける。
「エスカイユ様を侮辱されるのですかっ!」
「違うよ。神殿を蔑むような連中、好きになれるわけないじゃないかってことさ。それに、神殿育ちならあたしにとっても妹分のようなものさね。侮辱なんかするわけがない」
「妹分……??」
「なんだいアンリエット。あたしじゃ姉妹って柄じゃないってかい?」
「そういうわけでは……」
「神殿で育った者はみんな、兄弟姉妹さ。みんな、地母神様の子供たちなんだからね」
「なるほど、それは理解できます」
イズミの知識からそういうものだと理解できた。
「公女様もよくわかっておられたよ。だいたい、神殿と貴族の仲を取り持とうとしたのは他でもない、公女様だったんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。公女様がライハルト様を説得してくれたのに、どうしてその生まれ変わりが神殿を敵視する派閥に居るのさ。公女様ならむしろ、レンネブルクを説得して然りだ」
フン!――と鼻息荒くソファーに身を預けるミルメイヤさん。
「オブリージアさん、それでもここに来てくれたという事は、あなたなりに疑問があったからなのでしょう?」
「…………かつての勇ましい、そして優しい母がいつの間にか居なくなっていたことに気づきました。今の母はロゼリア君に心酔し、まるで心の拠り所のように彼女の言葉を求めています。……母が間違っているとは思えません…………ですが母のあのような姿をこれ以上見たくないのです」
その独白に、静まり返る応接室。
デーテ先生はオブリージアさんに席を勧め、お茶を入れ替えに行った。
◇◇◇◇◇
「……ミシャカラもまた、第十騎団の団長という分不相応な誉れを得てしまったのです。わたくしには、彼女がそれを罪と感じているようにも思えます。片や同じ立場だったエスラは、身を粉にしてその誉れに応えようとしているというのに」
「皆さん、同じドバル家の中の知り合いだったのですよね?」
私は全員の関係をまだ把握しきれていない。
「はい。それどころか、女王陛下とアンリット様につき従って城下に形成された魔族の地下迷宮へと踏み込み、想像を絶する敵と戦い、それらを討った仲間でした。ミシャカラ、エスラ、聖女様。そして戦魔士シャルヴィエ様と神殿の護り手バルマシア様です」
「あとのおふたりの協力は得られないのですか?」
「今はおふたりとも、大賢者様の護衛で南部諸国を巡っておられます。年明けには戻られる予定でしたが、まだのところを見ると、旅が予定通りにいっていないようですね。我々にとって幸いなことに」
確かに年明けの時点でロゼリアが知の化身の生まれ変わりとされ、大賢者様の後継者に選ばれていたら、状況はもっと悪かったかもしれない。
「あたしの知る限り、ミシャカラは誰よりも貴族らしい貴族だったよ。特に誇りを重んじるという点では、ライハルト様以上にね」
「ミシャカラは妾の子でしたからね。時に、血統からいちばん遠い所にある者ほど、気質を受け継ごうとするのは貴族の世界ではよくあることです」
「――オブリージアさんは、真実というものを知りたくはありませんか?」
「真実……ですか?」
「ええ。かつてアンリット様は世界の真実など、知っていても何の価値もないと仰られました。それは賢者ゆえの達観のようなものではないかと思われます。ですが我々凡人は、誰の目からも変わりない確かな真実というものを求めてやみません。それは自分を安心させたいからです」
「――あなたのお母上は、その真実をロゼリアさんに求めてしまったのです。ただ、わたくしは、その真実は誤りだと感じました」
「自ら凡人だと仰るデーテ先生に、どうしてそれがわかるのです!」
「周囲の者が病んでいて、そのままにしておけないのがアンリット様という方です。カネラをごらんなさい。少し前までのあの狂気に満ちた目ではない、実に穏やかな目をしているではありませんか。どちらがアンリット様の生まれ変わりかなど、明白ではありませんか?」
オブリージアさんはカネラを訝し気に見る。確かに、出会った頃にくらべれば穏やかになった。けれど、私が特別、何をしたということもないんだけどな。
「――アンリエット様はきっと、賢者の祝福でレンネブルク家に起こっていることの真実を、解き明かしてくれると思いますよ。そのために、力を貸してほしいのです」




