第43話 味方
「そうですか…………やはり……やはり間違っていなかった…………」
そう言って涙を浮かべるデーテ先生。
「デーテ……」
「あの……大丈夫ですか?」
デーテ先生は、私が差し出したハンカチで涙をぬぐった。
「ええ、ありがとうございます。アンリエットさん」
「デーテはね、ロゼリアが公女様――アンリット様だというレンネブルクの主張に反対していたのさ。それであたしらを頼って情報を集めていた」
デーテ先生は、初めて出会った時に粗相してしまったにも拘らず、私が攫われたあの時も味方になってくれていた。
「とてもロゼリアさんが、アンリット様の生まれ変わりとは思えませんでしたからね」
「あたしも会ったことはある。確かに、公女様もずけずけとしたところがあったが、知の化身なんて言われて鼻を高くするような御人じゃなかったね」
「ですが、私も知の化身の生まれ変わりではありませんよ?」
転生の力があるとは言え、私自身が知の化身の伝承に謳われているような英雄的な行動を取ったとはとても思えなかったから。
「アンリット様であれば、きっとそう仰るでしょうね。過去の偉人の威を借るなど、たとえ事実であっても、理由もなくそのようなことは望まれません。そうでしょう、カネラ?」
「全く同じ意見でございます」
ソファーの後ろで控えているカネラに同意された。
「アンリエットさん。ロゼリアさんを大賢者の地位に据えてしまった場合、貴族と神殿、そして貴族と平民の隔たりはもっとずっと大きくなります。魔術学院の卒業生たちもロゼリアさんの派閥の影響が大きくなるでしょう。少なくともそれはアンリット様の望んだ世界ではありません」
居住まいを正すデーテ先生。
「――あなたがアンリット様の生まれ変わりでなかったとしても構いません。ですが今は、神殿のためと思って我々の旗頭となっていただけませんでしょうか」
戸惑っていると、ミルメイヤさんも頭を下げる。
「あたしからもお願いする。デーテがアンリエットを生まれ変わりだと言うなら、あたしも信じたい」
「頭を上げてください! 私はそんな立派な人物ではありません」
「それに、アンリエット。既に君は一度、命を狙われている。君を攫った侍女ふたりはレンネブルク家から暇を出されたと警士から報告があった。ただし、王都から出たという形跡もない。既に消されている可能性もある」
「当然、そうなるでございましょうね」――とミルメイヤさんの言葉にカネラが付け加える。
「……わかりました。私もアンリット様の行いには胸を打たれましたし、そういうことでしたら、味方は多い方が私も助かります」
「それでは、アンリエット様。宜しくお願いいたします」
「そうこないとね。宜しく頼むよ、アンリエット様」
真剣なデーテ先生にも、冗談めかすミルメイヤさんにも戸惑った。ただ、いずれにせよ私は狙われている。リガノの叔父様からも、レンネブルク家からも。
「さあて、先日の聖堂からの通達は矮小化されて大きく取り上げられなかったが、こちらの黒髪の少女にも賢者の祝福が現れたとくれば、御前での判断を仰がざるを得ないだろうね。とりあえず、学院長は味方に付いてくれるとして、あとは教師たちかい?」
「そうですね。ネッラは王国にとっても大きな利益をもたらしましたし、発言力はあると思います」
「あれはいい魔女になれたのに、男を知らないまま研究にのめり込んじまったもんだから、発言以前に、人前に引きずり出すのも一苦労だろうね」
ククッ――と冗談めかして笑うミルメイヤさん。確かに、ネッラ先生ならそうかも。
「先日、アンヘル様ともお話する機会がございました。あのお方も、ようやくアンリット様への想いに区切りがつけられたそうです。今は大賢者様の私邸の建設に打ち込んでおられるそうですが、可能な限り協力いただけると」
「あの……聖女様もおそらく協力いただけると思います」
「そうですね。連絡を取ってみましょう。聖堂からアンリエット様の話が入った時は驚きましたよ。学院の生徒たちにはまだ伏せられていますが、聖女様のお言葉だったそうですね」
「あの聖女様も大人しいから、すっかり聖堂に取り込まれてるもんだと思っていたけど、そうでもなかったようだね」
「はい。ただ、恋人のアイザさんの事で気を揉んでおられて……」
「アイザって神殿出身のアイザかい? あいつなら、樹海に行くってんで第八騎団から護衛を2人つけてやったが……」
「そうなのですか!? あの、護衛ってもしかして女性ですか?」
「そりゃあ、うちは女ばかりだから、当り前さね」
「その事、絶対に聖女様には秘密にしておいてくださいね……」
◇◇◇◇◇
その後、レンネブルク家について詳しく教わった。レンネブルクは東のメレア領の小領地の貴族だけど、血族に上級文官が多く、王都では比較的影響力が大きい。現在の大臣であるファルツ宮中伯への伝手も多く、国王陛下へも声が届きやすい。
「レンネブルクのユリアン様という方をご存じですか?」
カネラが話していたあの婿養子の名前を出すと、ふたりとも目を丸くする。
「まさか、どこかでお会いされましたか?」
「ちょうど、そのユリアンを探って欲しいとデーテに頼まれていた所なのさ」
「いえ、会ってはいないのですが……カネラの話では、もしかするとそのユリアン様にレンネブルクの人たちが魅了されているのではないかと。それに、ロゼリア自身も魅了されていましたし、憑依されたロゼリアが魅了を使う所も見たのです」
デーテ先生は難しい顔をされた。
「ユリアンという者は、7年前のあの事件の当時、首謀者のミリニール公の小姓だった者です。ミリニール公が連れまわしはしていたものの、まだ若く、ミリニール公が犯した罪の証言にも協力的でしたので、叛意なしとみなされて大きな罪には問われませんでした。側近から襲われて死にかけていたという話もございましたしね」
「まさか、そんな素性の男をレンネブルク家が拾っていたとはね。あたしも調べさせた限りじゃ、その小姓にはメレア領の出身って以外、特別な素性はなかった」
(ユリアンには一度会ってみる必要があるかな。それともうひとり……)
「先日偶然ご挨拶させていただく機会があったのですが、王配殿下はどのような方なのでしょう」
あの『魔王』の祝福のある王配テロキのこと。
「殿下か……。殿下のことは、女王陛下が溺愛しておられるので、悩みの種でもあるね」
「そうですね……陛下も宮中伯からの要望で、殿下とゆっくりする時間がございませんし」
「溺愛……その、突然そんなふうに変貌された……とかですか?」
(魔王というくらいだし、魅了されたりするかも……)
「いいえ、幼い頃から恋焦がれていた相手だとか」
「殿下は年下ではなかったのですか!?」
「いや、殿下の方が確か年上だったはずだ。特別な祝福を得たとかで、若いまま長生きされてると聞いた。実際、殿下を侮る貴族の冷罵を穏やかに返されるほど、人ができている」
もしかすると、勇者だと知った上で幼い頃から手懐けたのか……。だけど、『魔王』が勇者に討たれず済むなんてあるのだろうか。それに、魔王は7年前に討たれたはず。
(もう一度、陛下にも謁見して鑑定してみるしかない……)
コンコンコン――そこに、来客があった。デーテ先生は立ち上がる。
「そろそろ来る頃だと思っておりました。我々の協力者です」




