第42話 第八騎団
翌日、ロゼリアはまた新しい侍女をふたり連れて授業に出ていた。今度は傭兵じゃなくて普通の侍女みたい。ロゼリアも、私たちが反省文を書かずに済んだという話をどこからか聞いたようで、不機嫌そうにこちらを見るだけだった。
そして彼女からは憑依状態が消え、魅了状態が復活していた。
◇◇◇◇◇
お昼時、私はカネラに軽食だけ準備してもらって簡単に済ませ、街へと出ていた。目的地は、街中の小さな広場にある古井戸。水道が普及していくにつれて使われなくなっていった井戸のひとつ。
「危険ではありませんか? 飛行の呪文を掛けた方がよくありませんか?」
カネラは釣瓶の柱にロープを結わえ付け、強度を確認していた。
「これなら大丈夫です。ご安心ください。祝福が無かったころとは違います」
そう言うとカネラはお仕着せをすっぽりと脱ぎ捨て、井戸へと降りていった。
◇◇◇◇◇
「ありました。まだ浮いていましたよ」
そう言ってカネラは、紐でぐるぐると縛られた小箱を見せてきた。それは汚れていたけど、浮彫と、金細工のコーナーで装飾された木製の宝石箱のようだった。
「早く、服を着てください。寒いですから」
濡れた小箱を、渡ししぶるカネラからひったくり、カネラにお仕着せを着させた。
「――何が入っているのでしょう……」
「聞いておりません。ユリアン様から、光の届かない誰も知らない所へ捨ててきてほしいと頼まれました。私は何も疑うことなく、街を彷徨ってこの古井戸へ捨てたのです。捨てたことも、最近まで忘れておりました」
私が箱を開けようとすると、今度は服を着終わったカネラに取り上げられる。
「――危険ですので、私が」
そう言ってカネラがナイフで紐を切り、小箱の掛け金を外して開けた。
中には……
「ペンダントでしょうか? 紫水晶とも違うようですが……」
それは三角柱の玻璃に首から下げる鎖が付いたペンダントだった。色は紫色。色の付いた玻璃は珍しくない。ただ、どこかそういった玻璃の輝きとは違っていた。その光からは運命の精霊の力が溢れ出ていた。
◇◇◇◇◇
午後の授業の後、デーテ先生に呼び出されて先生の教員室へ赴いた。カネラを伴って。教員室は白の館の北側面にある副回廊の南側に連なっていた。
「どうぞ」
ノックの後、返事を待って中へと入ると、そこは小さな応接室になっていた。そして、応接室のローテーブルには先客がいた。デーテ先生が迎え入れると、その先客も立ち上がる。
「その子がれいの?」
「ええ、アンリエットさんです」
「初めまして、アンリエットと申します」
黒を基調とした、鎧を模した軍服のようなものを着ているその先客は、背の高い女性だった。
「こちらはミルメイヤ様。再建された第八騎団の団長をされています」
「まあ、騎団なんて言っても、騎士みたいに騎馬戦するわけじゃあないんだけどね」
「再建というと……」
話の前に、まずはお茶にしましょう――とデーテ先生に席を勧められ、紅茶とお菓子を頂く。
◇◇◇◇◇
「王都の騎団のうち、いくつかは欠番となっておりました。理由は祝福を持つ人員が減っていたこと。特に魔術師の騎団には構成員の補充がございませんでした。そのひとつを、ミルメイヤ様らが受け持ってくださったのです」
「神殿騎士団といきたいところだけど、どうもうちの神官どもは荒事が苦手でね。あたしら魔女が一肌脱いだって事さね」
「魔女……」
呟いた私に、ミルメイヤさんはほくそ笑む。
「そうさ! 魔女さ! 怖いかい? 怖いだろう!」
大仰に両手を振り上げ、声を低くして前のめりになるミルメイヤさん。
「いえ、魔女には森の近くに住む者にとって大事なお役目がありますから」
「なあんだ。青っ白い都会っ子かと思えば、意外と田舎の出なんだね」
そう言って、ミルメイヤさんはソファーへもたれ掛かった。
「そういうわけではないのですが……」
「都会の魔女は、田舎の魔女とはちょっと違うのさ。男のために一肌脱いだり、兵士のために一肌脱いだりとね!」
「ミルメイヤ様」
窘めるようにデーテ先生が言うと、ミルメイヤさんはお道化て口を噤んだ。
「――彼女ら第八騎団は、先の魔族との戦争において、大勢の兵士の命を救ってくださいました。わたくしもミルメイヤ様に病を祓って頂いて、命を救われました」
「あんときはね、公女様にせめてご恩返しのひとつでも……と、必死だったさ。上手くいったのは偶然だよ」
彼女が優秀な魔女なら聞いてみたいことがひとつあった。
「その、ミルメイヤ様にお聞きしたいのですが、霊祓いはできますか? 憑依している何かを祓うような」
「誰か取り憑かれてるってのかい? こんな都会で?」
「はい。ただ、山や森で出会うような憑きものではないのです。それは取り憑いた相手に、賢者の祝福を齎すようなのですが、本人がまともではなかったりするので……」
ふたりは顔を見合わせた。
「アンリエットさん。その取り憑かれた相手と言うのはもしかして……」
「はい、ロゼリアさんです」
「何か見たのかい!? 才能が無ければ霊なんてそうは見えるものでもないんだが」
「それは……」
言い淀む私の目を、デーテ先生が覗き込む。
「アンリエットさん。あなた、見えるのですね。賢者の祝福を…………授かったのですね」
その真剣な目に、私は頷き返した。




