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貧乏貴族から成りあがれ! ~独り身イズミの転生譚~  作者: あんぜ


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第41話 反省文

 コォォォン――七の鐘が鳴り始め、私とベルチカが石畳の上を駆ける。その後を、外套(クローク)に袖を通しながらカネラがついてくる。


「どうしよう! 間にあいません!」


 ベルチカが弱音を吐く。ベルチカはこれまで大きな失敗はしていない。けれど反省文を書いたなんて知られたら、また周りから何を言われるかわからない。いくら気丈だって、まだ数え年でたった8歳の女の子なんだ。


「おふたりとも、お任せください」


 ふわり――と不意に宙に浮く感覚。カネラが私とベルチカを両脇に抱え上げたのだ。


 カネラはまるでぬいぐるみでも抱えているかのように軽々と疾駆した。


「さすがです。が、それでも間に合いそうにありません。あちらへ」


 カネラに寮の玄関側ではなく、南側へ出る道を指し示す。


「そちらに入る所なんてありました!?」

「はい、とっておきの出入り口が」


 抱えられたまま、私はカネラに呪文を掛けた。カネラの髪を触媒にして。そして体幹のしっかりした拳闘士(ケンプファー)の祝福のおかげか、私は安定して呪文を唱えられた。


「――飛行(フライ)! カネラ、屋根まで飛んで!」


 カネラは跳躍した。飛行という感覚にまだ慣れていないのだろう。カネラは緩やかな放物線を描くように飛んだ。


「ひぃっ」

「大丈夫、カネラを信用して!」


 重力を無視して飛び上がる、その感覚が懐かしかった。立ち木を飛び越え、鳥たちの聖域に踏み込んでいく不思議な感覚。地上からでは、手を伸ばしても伸ばしても届かない先。


 コトリ――空へ落ちていく快感に酔いしれていると、カネラは寮の屋根の上に着地した。


「アンリエット!」

「平気だよ、落ちたりなんかしないから」


 斜めの屋根の上で抱えられていたら怖いのもわかるけど……。


「落ちるとか言わないで!」

「大切なご友人です。そんなことにはなりません。ご安心ください」

「カネラ、あそこの出窓へ向かってください」


 コツリコツリと、爪先だけで半ば宙を歩くようなカネラに抱えられていく。

 出窓で降ろされると、私は開錠(ノック)の呪文で格子窓の掛け金を外して開いた。

 そこから屋根裏部屋へと潜り込む。


「ほら、入って。私の秘密の部屋」

「こんな部屋があったのですね……」


 ベルチカが続き、カネラも身体を滑りこませる。


「独りになりたいときに使ってたの。ほら見て、ベッドもあるんだよ」

「秘密の部屋……素敵……」


「入り方を教えてあげる。来て」


 部屋を出て、狭い階段を下りていく。近くの廊下に人が居ないことを確認してベルチカを招く。


「どうなっていますの、これ!?」


 廊下に出たベルチカが、振り返って驚く。たぶん、幻の壁が見えているんだろう。


「ほら、狭いけれどここが幻の壁になってるの。怖がらずに一歩踏み出せば……あ、もっと右ね。ほら」

「本当だ……」


 ベルチカが階段に入ったり出たりして不思議そうにしていた。カネラも、壁全体を眺めて位置を確認している様子だった。



 ◇◇◇◇◇



「まだ胸がどきどきしています! 今日は寝られないかもしれません!」


 大外套を部屋に置き、化粧室で顔を洗ってから食堂へ降りてくる。ベルチカはまだ興奮気味にさっきまでのことを話していた。


「アンリエット!」

「ベルチカ!」


 駆け寄ってきたのはハルシニアとラネット。


「よかった、無事だったんだ。帰ってこないから心配したよ」

「ロゼリアがね! 言いふらしてたの! ふたりは門限に間に合わなくて反省文だ――って!」


「ロゼリアが!? どうして」

「待っててくれたんだね、ありがとう。それで? ロゼリアは?」


 ロゼリアは門限に間に合ったようだけど、侍女はふたりとも間に合ってないはず。そもそも、あのまま寝てるのだろうか。


「言うだけ言いふらしたら、レンネブルクのお屋敷に行っちゃったよ」

「負けたからって嫌がらせなんかして……」

「もしかして、最初から狙ってたのかも。だって、ぎりぎりまでこっちを待たせてたもん。自分は屋敷に戻ればいいだけだし」


 ただ、あのロゼリアは明らかにおかしかった。何かに取り憑かれてるにしても、何が憑依しているのかわからない。鑑定にも出てこなかった。鑑定は、病気だとか呪いだとかについても、明確な答えを返してくれない。そういったものは魔女たちの領分だからだ。


 それと魔王については……今の私がどうこうできるわけじゃない。静かにしているうちは、触れないでおこう。


「――ね、それよりも今日の夕飯は?」


 そう言って皆で夕食を取りに行った。なんだかんだ、私は寮の食事が気に入っていた。



 ◇◇◇◇◇



「ひとつ、気付いたことがございます」


 夜、カネラに伝えたいことがあると言われ、屋根裏部屋へふたりで来ていた。


「――アンリエット様の仰る、憑依についてはわかりませんが、魅了はもしかして……と思うことが今思えばございました。ロゼリア様からではなく――です」

「どのようなことがあったか詳しく。何か分かるかもしれません」


「はい。レンネブルクの屋敷は当主の妹にあたるラネンシャ様という方が管理しておられますが、その方の年の離れた若い夫にユリアン様という方がいらっしゃいます。麗しいと周囲からは評判の方で、ラネンシャ様もたいそう気に入っておられます」


 年の離れた婚姻は珍しくない。特に、15歳での結婚と出産を勧める『地母神の秘儀』というもののおかげもあって、女性が15歳で嫁ぐことがこの国では多い。ただ、そうなると男性側が年上になりやすい。20歳以上離れた相手に嫁ぐことだって珍しくない。その夫が寿命や争いで先立つと、残された妻が反動もあってか、今度は年若い男性と再婚することも多いのだ。


「――実は、私がロゼリア様に仕えるきっかけとなったのがそのユリアン様なのです。ユリアン様は当主の七女のロゼリア様がアンリット様の生まれ変わりだと触れ回っておりました」

「では、(そそのか)されたというのは」


「はい、そのユリアン様にです。私だけではございません。レンネブルク家の者は皆、その話を信じておりました。ただ、今思えばロゼリア様をアンリット様と信じるに足る情報が少なすぎます。私もどうかしていたとしか思えません」

「それが魅了の可能性であるということですね」


「はい。それからもうひとつ――」







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