第37話 仲裁が入るも
バッ!――と袖が風を孕む音。シアンがカネラを掴もうとしたその手を、音もなく踏み込んだカネラが逆に捻り返していた。鮮やかなカネラの切り返しに、シアンも目を丸くする。
「貴様っ……」――と腕を取られたシアン。ヒューペリアもまた身構え、緊張が走る。
「カネラっ!」――同時に私は静止の声を掛けた。
「――ここは学び舎です。それ以上はいけません。――ロゼリアさんも。いったいこれは、どういうつもりですか?」
「私邸の侍女をただ連れて行くだけの話です。主人を裏切るような侍女には罰を与えませんと、示しがつきませんからね」
ただ、私は彼女の物言いを不審に思う。いくら彼女が貴族とは言え、こんな場所であまりに無茶だし、あまりに攻撃的だ。
「ロゼリアさん、あなた、誰に唆されましたか? レンネブルクの屋敷のどなたかです?」
「少し見ない間に、言うようになりましたわね。あなたには関係のないことです」
ロゼリアは誘導に乗らなかった。さすがに賢者の祝福を授かった者だから、相手の嘘を見抜く鑑定の力に警戒しているのだろうか。
彼女の頭の上に浮かび上がった名札を注視する。すると、彼女についての詳細な情報が四角い窓に現れる。そこには彼女についての、普通の人間には決して知ることのできない情報が表されていた。ただ――
(これってどういうこと!?)
そこに賢者の祝福は無かった。
彼女の祝福は『お針子』!? しかもまだ顕現さえされていない!?
その上、彼女には探知妨害が掛けられていた。
そしてもうひとつ。ロゼリアには『魅了状態』の文字が……。
全身が粟立つような気持ち悪さ。かつてどこかで、これと似たようなものに酷く苦しめられたような感覚があった。卑劣さに対する怒りと、正攻法の通じない歯がゆさのようなものが沸き起こる。
ただ、情報を覗き見ている様子を、ロゼリアに察せられる。
眉をひそめるロゼリア。
(魔法解除で何とかなるだろうか)
だけど他人に掛けられた魔法は、良い魔法か、悪い魔法かに拘わらず、解除が確実ではない。それがこの世界での魔法の法則。
「そこ! 何をしているの!」
現れたのは生徒会長のオブリージアさん。イズミとしては、生徒会なんてものが存在していること自体驚きなんだけど、自主性の高い王国貴族なら当たり前なのかな。
ただ、オブリージアさんは対峙している私たちに気が付くと――
「――ロゼリア君!? そっちは…………アンリエット君か。1回生同士でいったい何を揉めているんだ」
「侍女のカネラが少々悪さをいたしましたので、主人たる態度で罰しようとしているだけです」
「カネラは私の側仕えです。私の庇護下にある以上、レンネブルク家の勝手は許しません!」
「平民が庇護下ですって?」
クスリと笑うロゼリア。
「そうです。たとえ私が平民であっても、私は私の命を救ってくれ、私に忠誠を誓ってくれた彼女を全力を以て護ります」
「待ちなさい!」
語気を強めた私の前に割り込むオブリージアさん。
「――アンリエット君のことは聞いている。君と侍女たちの件は調査中と聞いた。学院長先生が帰られてから判断を仰ぐことになっている。生徒同士で争ってはいけない」
(それはロゼリアさんの方を向いて言ってほしいんだけどな)
ただ、私は――「わかりました」――と、身を引いた。ロゼリアもシアンとヒューペリアに下がるよう命じ、カネラも手を離した。
「いったい何事ですか! 朝の大切な食事の時間に揉め事ですか!?」
食堂の入り口から、マリア先生が声を掛けてくる。
「君たちは解散したまえ。――マリア先生、実は……」
そう言って、オブリージアさんはマリア先生の所へ説明に向かった。
そしてロゼリアはと言うと、私の隣まで来て囁く。
「生徒会長に助けられましたわね。いいですこと? この話は――」
「放課後に決着を付けましょう。湖のほとりの演舞台で」
喧嘩を売られる前にこちらから売った。そして放課後が正しく通じたかは分からない。けれどロゼリアは応じ、そのまま脇を抜けて去っていった。
問題は、誰が魅了を掛けたか。シアンとヒューペリアは違う。ふたりとも、戦士の祝福を得ているだけ。魔術を習ったようには見えない。魅了の魔術自体はそこまで難しい魔術ではない。けれど、その効果も限定的。相手に取り入り、唆すのが精一杯。支配するようなことはできない。だから魅了と言えど、頭の切れる人間じゃないと上手に扱えない。




