第35話 ドバル家の人々
アノリさんと食堂に降りてきた。
ベルチカも誘ったけれど、昨日、一昨日とちゃんと寝られなかったから、もう少し寝ているそうだ。ごめんね――って謝ったら、ベルチカは――アンリエットがここに居てくれるから、許すわ――って。
カネラのおせっかいを躱して朝食をお盆で受け取る。
座る場所を探していると、遠くから私を見つけたウィルマさんが手を振った。ウィルマさんたちの席までやってくると、それぞれに声を掛けてくる。
「アンリエット! 大丈夫だった?」
「幽霊にさらわれたって!?」
「無事とは聞いたけど、どこも怪我してない?」
「ええ、大丈夫。どこも怪我してませんよ」
そしてカアヤさんは――
「心配したのよ。だって、ウィルマがあんなこと言ったすぐあとだったもの!」
「はい、カネラに救ってもらえました」
ただ、カアヤさんは眉をひそめ、いくらか上機嫌なカネラを見上げる。
「それって本当だったの?? だって、カネラさんってドバル家じゃ……」
そういえば、聞いた限りではカアヤさんはドバル家の内情に明るい。それに、これまで何となく聞き流していたことがたくさんあった。
「カアヤさんって、ドバル家のことに詳しいですよね? 前にそんなことを言ってましたし」
「姉さんと兄さんに連れられてドバル家で赤ん坊のころからお世話になってたからね」
「――だけどカネラさんってその……ちょっと怖かったし、アンリエットを助けたなんて意外で……」
「当然です、アンリエット様はアンリットさ――」
「ストーップ! それは言わなくていいから!」――とカネラを睨む。
「すとおぷ?」
「なにそれ?」
「えっと……そういう言葉があって……」
思わず出た言葉は翻訳されなかった。イズミとして初めてこの世界に転生されたとき、女神さまから言葉の翻訳の力を貰ったけど、時々こういう翻訳されない言葉がある。
ウィルマさんとアノリさんが質問してくるけれど、上手くごまかせない。ただ――
「承知いたしました。皆様、お気になさらず。話をお続けください」
――と、カネラが助け舟を出してくれた。
「……その、前に言ってた、ドバル家でお世話になった神殿の元孤児って聖女様以外にも?」
「ううん。カナリ様は違うの。だけどアイザさんはそうよ。住み込みではなかったけれど、アンリット様が引き取られて、王国の支援を受けたの。あとはネッラ先生でしょ、ギレだってそうだし、神殿のゼナさんは知ってる? それからそう、ライハルト様の第五夫人の奥様だって!」
するとウィルマさんが話に割り込んでくる。
「凄いよね、玉の輿だもん。私もそんな風になりたいよ」
「えっ、元孤児から奥様に……ですか? ドバル家って公爵家ですよね?」
前世の古い知識でも、そんな極端に身分の離れた結婚は、王国のある北部では耳にした事が無い。落ちぶれた元貴族が貴族と結婚とかならまだわかるけれど。
「そうよ。ライハルト様に見初められたの」
「そうなんですね。第五夫人ですか……」
シンデレラストーリー? 前の世界で言うところの、そういったものが、実際に身分制度のあるこの国で見られるとは思わなかった。どれだけ男前な人なのだろう。
「それからもうひとり――」――と、声を潜めるカアヤさん。
「――女子寮の女の子は誰も信じないでしょうけれど、近衛騎士のエスカイユ様もそうなの」
「そうなのですか!?」
「ええ。竜騎士の孫って話ばっかり知られてるけどね。たぶん、エスカイユ様が、ミシャカラ様の家で騎士見習いの頃からお世話になってたからだと思う」
意外な人物がかつてのドバル家に関わっていた。カアヤさんから詳しく聞いたところ、ドバル家と関わった孤児たちは皆が王国の発展に尽くし、しかも多くが王城で重要な地位にある。それなのに、みんなバラバラ。
イズミとしての私が思うに、知の化身はきっと賢者。それも私が為し得なかった、大勢の人々へ祝福を授けるという大業を為した。賢者の鑑定の力で相手の秘められた祝福を見て回るだけでも大変なのに、それを一度に顕現させた。自らを犠牲にしてまで人々に祝福を授け、王都を救った少女は、私なんかよりもずっと本物の貴族だった。
そんな知の化身は周囲の人々にも影響を与えた。アンヘルさんたちが必死に頑張って王都は清潔になり、住みやすくなった。魔術学院も大きくなって、平民が貴族になる手段がぐっと増えた。だけど、知の化身は最後にひとつだけ、自分の死が齎す悪い方の影響を予想しなかったのだ。
◇◇◇◇◇
「どういうつもりですの!? 誰も起こしに来ないと思ったらこんな所に!」
1限目の魔法の杖の授業で触媒についての座学を受けていたら、乱れた髪と服装で、ロゼリアさんが教室に遅れてやってきたのだ。ロゼリアさんは、教室の後ろの方で私を見守っていたカネラに目を剥いた。
「はい、遅刻ぅ」――ネッラ先生が告げる。
「ちっ、遅刻!? この私が遅刻ですって!?」
「恥じいることはない。先生も授業に遅刻して、よく怒られた。ただし! 教わる身で遅刻したことはないがなっ」
先生は何か凄いことを言ったような顔をするけれど、何も凄くない。
「――つっ立ってないで席に着きたまえ」
「カネラ! あとで話があります!」
先生の言葉には答えず、声を大きくしたロゼリアさんは、席に着くと黒板の字を慌てて写し始めた。
◇◇◇◇◇
「あのっ、ロゼリアさん。気持ちはわかりますが、どこか別の場所で話された方が……」
授業の終わりを告げる鐘と共にロゼリアさんは立ち上がり、カネラに詰め寄った。こんな人の多い場所でカネラを叱咤するのは、どちらにとってもよくないと駆け寄って囁いたけれど、ロゼリアさんは無視した。
「カネラ! あなたはいったい、こんな所で何をしているの!」
「私は私の務めを果たしております」
キッ――と眉間に皺を寄せるロゼリアさん。
「あなたの主人を放置して、何が務めですって!? 侍女を首にしますわよ!?」
「私はこれまで、仕事が欲しくて雇って頂いていたわけではございません。ロゼリア様がアンリット様の生まれ変わりと聞いていたから仕えていたのです。ですが、それは誤りでした」
「私はアンリットです! 生まれ変わったのです!」
フッ――と冷笑するカネラ。
「お戯れはおよしください、ロゼリア様。あなたにはアンリット様たる資質に欠けています。アンリット様が、傅いてくれる侍女が側に居ないからとお怒りになろうはずがありません。アンリット様であればむしろ、居なくなった我々の心配をしてくださるでしょう」
カネラは私を見て微笑む。
「――私の主人はアンリエット様であると、理解したのですから」
「この子が知の化身の生まれ変わりだとでも言いますの!?」
「さあ? 私は何もそこまで申しておりませんよ」
意外なことにカネラは、これまでのようにアンリット様を讃えることなく済ませてくれた。




