第34話 仲直り
ベルチカが私の手を握り、横に並び立つ。ラネットも前を開ける。
アノリさんとあまり上手くいっていないことはみんな知っていた。
「その……心配してたんだ。夜、時々いなくなるし、ちょっと言いすぎちゃったって……」
私たちに比べて背の高いアノリさんが、小さく見えるくらいうなだれていた。
私は、決意と共に精一杯の声を張り上げる!
「アノリさん。私も…………私も実は貴族のことを見下していましたっ!」
えっ――と小さく声を上げたのは、アノリさんだけではなかった。ベルチカやラネット、ハルシニアも同じだった。
「――私、平民を侮って見下す貴族なんて、最低だって分かったんです! 領地の平民に生活を支えてもらっているのに。服が汚れるような仕事は全部、平民にやってもらっているのに。それなのに見下して、そんな風になりたくないなんて!」
何を言っているのだろうかと皆、思っただろう。
だけど私は知ってしまった、イズミとしてのこの世界の知見を。
お母さまが教えてくれたことを、私は正しく理解していなかった。
この世界には貴族と平民が居る。貴族は、自らを犠牲にして民を護る。そのために領地を動かす権力を得る。なにも貴族が生まれながらにして偉いわけじゃない。必要だから民に権力を与えられている。養ってもらっている。それだけのことなんだ――と。私は、私自身に怒っていたのだ。
「ご、ごめん。確かにそうかもしれない。けど、うちの領地は平民と距離が近いからさ、そこまでは思ってなかったんだ。あたし、田舎の出身だから、都会の子と同室になれるって燥いじゃって……」
「ううん、違うんです! 違うの! 私が悪かったんです! アノリさんが悪いわけじゃない!」
私が平民を見下していたから、平民に見られたくなかったから、最初にアノリさんの誤解を解けなかった。理由を伝えられない以上、アノリさんに非は無い。ちゃんと私が悪くないといけない。涙を堪えた。目を見開き、確とアノリさんを見た。泣くのは謝る者の態度じゃないから。
「――私、アノリさんともちゃんと仲良くなりたいのです……」
「その……ごめんね。酷い事言っちゃって。あたしも仲良くしたい」
そうして私たちは仲直りの握手をした。
感情任せに叫んだだけの、なんだかよくわからない仲直りだったけど、イズミとしての記憶と、アンリエットとしての感情に折り合いをつけるため、私には必要なことだったんだ。
『今度のイズミはいつになくかわいいね』
そんな声が頭の中に響いてきた。
(別に好きでやってるわけじゃないんですけど)
フフ――と笑う声が響いた。
◇◇◇◇◇
コンコンコン――と、日の出の鐘が鳴り止むと同時にノックの音が響く。
私は日が昇る前から早起きしてトイレを済ませ、顔を洗い、部屋で身支度を整えていた。アノリさんはまだ下のベッドで寝ていた。
はい――と扉を開けると、そこにはカネラ。
「おはようございます、アンリエット様。おや、もう着替えられたのですか? もっとゆっくりしていただけないと、私の仕事が無くなってしまいます」
「……あの、ゆっくりしていたら化粧室が混みあいますので……。それに、学院の制服は独りで着られるよう作られています。側仕えのお仕事は必要ありません」
私がカネラに、ここでの仕事は無いと説明するものの、カネラは入ってきて部屋を見渡し、アノリさんの書き物机に目をつけた。
「散らかっていますね」
「あの、その書き物机はアノリさんのものですから、勝手に触ってはいけません」
「目障りですが……本当に宜しいので?」
「宜しいのです」
「んん? だあれ?」――やりとりしていると、アノリさんも目を覚ますけど……
ヒッ――とカネラに睨まれて息を飲むアノリさん。
「あの、こちら側仕えのカネラさん」
「側仕え!?」
「カネラと呼び捨てで構いません、アンリエット様」
「カネラ……、えと、こちらは私の先輩のアノリさん」
「側仕えって、いったいどうしたの!?」
「ちょっと色々あって、私のお世話になっている方が雇ってくださったのです」
「子供に側仕えをつけるなんて、お姫様みたい! いいなあ」
「アンリエット様でございますもの、当然でございます」
「あの、カネラ? ややこしくなるから口を挟まないで…………そうだ。お仕事が必要でしたら、アノリさんの朝の身支度を手伝ってあげてくださいます?」
「このお方の? ですか?」
「いいの!?」
「はい、アノリさんは私の大事な先輩です。寝坊して遅刻させてはいけません」
「……確かに。相部屋のご学友がそのような体たらくでは、アンリエット様の評判にも響きます」
「私の評判はともかく……お願いできますか?」
そう頼むと、カネラはアノリさんを丁重に扱い、朝の準備を手伝って着替えさせてくれた。アノリさんも、側仕えに傅かれることで、ちゃんと早くに起きてくれた。イズミの知識――需要と供給のマッチング――というものだった。




