第33話 カネラの忠誠
「デーテ先生! カネラをアンリエットに仕えさせるなどと、本気ですか?」
アンヘルさんが声を大きくする。
「アンヘル様。カネラはレンネブルク家の事情を多少なりとも知っております。味方に付けるべきです。アンリエットさんはレンネブルク家から目を付けられています。レンネブルク家は、ミシャカラ派と組んでロゼリアさんを大賢者の地位に就かせようとしているのです」
するとアンヘルさんは口元に手をやり、逡巡する。
「……私はドバル家とはしばらく距離を取っていました。ですから内情に詳しくありません。ミシャカラさんは、いったいどうしてしまったのですか? なぜ、ドバル家はこんなにバラバラに……」
今度はデーテ先生が言い淀む。
「……ミシャカラは、自分の力不足でアンリット様を失ってしまったと、悔いていました。あの頃、誰もがそう考えました」
「ええ、私もそうでした」
「ですが、彼女はその事実に耐えられず、怒りの矛先を神殿へ……神殿と貴族の仲を取り持とうとしたライハルト様へ向けたのです」
「まさか! ライハルト様はそれで!?」
「それはわかりません……。ミシャカラが実の父親に対してそこまでするとは思えません。思いたくありません。ただ、確かなことは、ミシャカラはロゼリアさんをアンリット様だと信じて疑っていないということです。反神殿派閥の旗印として、いいように扱われているように思われます」
フッ――と笑うカネラ。
「ロゼリア様は、アンリット様ではありません。今回、改めて思い知りました。本物のアンリット様に比べれば、ロゼリア様は常人です」
(それってどういう意味!?)
けど、デーテ先生はカネラに厳しい目を向けた。
「それで? どうするのです、カネラ。忠誠が無いのでしたら、あなたをアンリエットさんの側に置くわけには参りません。危険ですからね」
カネラは押し黙る。
ひとつ息を吐き、何か言いかけ、溜息を吐くと――
「……承知しました。アンリエット様に忠誠を誓います。何卒、お仕えするお許しを」
「どうされますか? アンヘル様、アンリットさん。私は、彼女には首輪をつけておくべきだと思うのです」
「……わかった。アンリエットが許可するなら、私も許可しよう。ただ、アンリエットには傷ひとつ付けさせぬよう――」
「私は構いません。カネラさんは私を助けてくださいましたし」
すぐにそう答えると、アンヘルさんは目を丸くし、そして微笑んだ。
「そうだね。カネラはアンリエットを助けてくれた人だ。信用しよう。――カネラ、アンリエットの素直さを裏切らないように」
「決して。アンリエット様に一生、お仕えすると誓います」
(一生なんて、誓われても困るんだけど……)
「アンリエットさん。カネラを側仕えに置くとして、部屋はどうします? 今は上級生とおふたりでしょう?」
「私は、床で寝ても構いません」
「そんなことをされると私が困ります!」
「――私はその、上級生とちょっと上手く付き合えていないのです」
「でしたら、3階の広めの個室を用意させましょう」
私は頭を振る。
「いいえ。私、もう一度、アノリさんとちゃんと話してみようと思うのです。もう少し、頑張ってみようと思うのです」
そう返すと、デーテ先生は得心したように笑顔で頷いた。結局、カネラは寮のマリア先生に頼んで、侍女向けの小さな部屋を用意してもらうことになった。カネラの側仕えとしての給金も、アンヘルさんが引き受けてくださった。
そうしてデーテ先生は、カネラに話があると言ってふたりで食堂をあとにした。
「何から何まで、ありがとうございます、アンヘルさん」
「いいんだよ、アンリエット。君はそう……私にとっては娘のようなものなんだ。そう思ってもいいかい?」
はい、構いません――そう答えた。
◇◇◇◇◇
「アンリエット!!」
食堂に入るなり、私を見つけて声を上げた女の子。私は椅子を降り、駆け寄る。
「ベルチカ!」
「アンリエット!」
ベルチカも駆け寄ってきて、ふらつく私を抱き止る。
私の頬に両手をやり――
「怪我は!? 酷いことをされませんでした!?」
「うん、大丈夫だよ」
お母様の所へ帰ろうとしていたアンヘルさんが、私の吐いた嘘に気付き、訝しげにこちらを見た。私はベルチカの肩越しに、ちょっとだけ眉根を寄せてみせると、アンヘルさんは静かに微笑み、手を振って去っていった。
「――ベルチカは? 怖い思いをさせてごめんね」
「そんな……自分こそ怖い目に遭ったのに。どうして私の心配なんか……」
「だってベルチカ、すごく怖がっていたもの。それに、ベルチカが傷つく方が、私は怖いんだ」
気高い彼女が、私が居なくなることで折れてしまわなくて本当によかった。
「アンリエットが戻ってきたって!?」
食堂に、部屋着に外套をまとった恰好で駆け込んできたのはラネットとハルシニア。
「よかったあ。無事だったんだ……」
私に駆け寄ったラネットと、脱力して椅子に座り込むハルシニア。
「ご飯食べたから大丈夫だよ。昨日のご飯、食べ損ねちゃった」
「昨日はね、羊肉。おいしかったよぉ」
「私はアンリエットが心配で喉を通らなかったわ」
「ベルチカも羊肉が苦手だっただけでしょ」
「あなたと一緒にしないでくださる?」
ベルチカとハルシニアが言い合っていると――
「アンリエットさん、その……大丈夫だった?」
現れたのはアノリさんだった。




