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貧乏貴族から成りあがれ! ~独り身イズミの転生譚~  作者: あんぜ


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第31話 救いの手は……

 コツ、コツ、コツ、コツ――地下の通路、誰かの足音と灯りが近づいてくる。


 やがて、こちらの灯りの中に姿を現す背の高い影。

 私は、第2位階の衝撃波(ショックスタン)の呪文を唱え――


「どちらさまでしょうか?」


 ――唱えるべきだって事は、これまでの経験ではわかっていた。それなのに、人を傷つけるべきではないと心が囁く。


(やっぱりちゃんと話をしなくちゃね)


 まだ幼い心が、これまでのアンリエットとして過ごしてきた頃の記憶と感情に引っ張られていた。私はアンリエットだし、イズミでもある。イズミとしての知識と経験が何をすべきかを教えてくれる。けれど、情操の豊かさや感受性はアンリエットだった。


 現れたのは、ロゼリアの侍女(メイド)、カネラ。その顔は、火傷のような痕が痛々しい。私を探しにきた味方ではないとは思っていた。だって、もしそうだったら独りでなんて来ないもの。


 何も喋らずにこちらを見降ろすカネラ。私は、彼女が手にしたものを見て目の前が真っ暗になった。その手には、あのナナカマドの小杖(ワンド)が握られていたのだ。これで、味方が来てくれる可能性は無くなった。


「――あの、こんなことを命じたのはロゼリア様なのでしょうか?」


 私はせめて、犯人だけでも知りたかった。

 だけど、ハッ――と息をのむカネラ。


「いいえ。ロゼリア様ではありません……。ロゼリア様がこのようなことを命じるわけが……」


 低く、弱々しい声。まるで、叱られた子供のよう。

 言い淀んだカネラは、もう片方の手で持っていた鍵束を探り、牢の鍵を開け始めた。ただ――


「――開いている?……あなたが開けたのですか?」


 牢の鍵は私が開錠(ノック)の呪文で既に開けてあった。ここから出ずに待っていたのは、誰が犯人か知りたかったのがひとつ。もうひとつは、アンリエットのこの小さな身体では、使える魔法の数に限りがあるうえ、お腹が空いて、この牢の鍵を開けただけで眩暈がしたからだ。


「――どうぞ……お返しします。あなたの杖……なのでしょう?」


 意外なことに、カネラは小杖(ワンド)を静かに差し出した。

 何も喋らない私に、杖の手元を向けて。


「ありがとうございます」


 受け取った右手には、まだ手枷が嵌っていた。

 再び息をのむカネラ。


「手枷を……されていたのですか?……いったいどうやって?」

「小さな子供の手って、関節や筋が柔らかいから、やろうと思えば抜けるのです。ものすごく痛いのを我慢できれば……ですけどね」


 左手は手枷から抜いてあった。治癒魔術(グラエザ)を使うこともできたけれど、余裕がなかった。

 カネラは鍵束から手枷に合う物を探し出し、外してくれた。ただ、その手は私の右手を握ったまま。


「あなたは……」


 不意に、ぼそりと呟くカネラ。


「――あなたは……私のアンリット様なのですか?」

「私の??」


 聞き返すとカネラは、狼狽えるように視線を泳がせ、指先を震えさせた。


「わ、私はまだ、アンリット様に5年、お仕えしておりません。ア、アンリット様は仰られました。じ、自分に5年、仕えることができれば解放してやろうと」

「解放……ですか?」


「わわ、私は大きな罪を犯したのです。そ、そして天罰を受けました。牢で醜く朽ちていくはずだったところを、誰からも(さげす)まれ棒で打たれるはずだった私を、アンリット様は救い、護ってくださいました。ア、アンリット様を、(むご)く裏切ったこの私をです」


 震える声でカネラはそう話してくれた。


「カネラさんは謝りたいのですか?」

「は、はい! 今では愚かなことをしたと思っております。アンリット様の、お優しい心が私にやり直すきっかけをくださいました。ですからもう一度、私のアンリット様に……生まれ変わったアンリット様にお会いして、(つぐな)いたいのです」


 狂気じみた目をしていたカネラだけど、私は彼女の力になってあげたかった。


「私はアンリエットです。アンリット様ではありませんが、あなたが心から謝りたいと苦しむのなら、いいよ――って言ってあげます。そんなに苦しまなくてもいいよって」


 カネラの両手の指はますます激しく震えだし、頬を涙が伝った。


「あああっ! やはり、やはりあなたはアンリット様! アンリット様なのですね!!」

「いえ、アンリット様ではなく――」


「いいえっ、やはりあなたがアンリット様だったのです! ロゼリア様は……あれは違います。たぶんそう、普通の貴族。だけどあなたは……あなた様こそがアンリット様なのです! どうかお仕えさせてください!」


 ちょっと怖かった。

 けど……


「そう言ってくださるのは嬉しいですが、私ではあなたにお給金を払うことができません」

「構いません! 手持ちは少しございますし、草の根を食べてでもお仕えしたいのです!」


「そういうわけには……」


 食い下がるカネラ。ともかく、私はお腹が空いて仕方がなかったので、この場は牢を出ることを優先してもらった。私はカネラに背負われ、牢を出たのだ。







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