第30話 石像
「お願いします。灯りだけでも残してください。暗闇で気が触れそうです」
立ち去ろうとするふたりの女にそう懇願した。
すると、女のひとりが手にしていた光源を床に落とした。
「おいっ」
もう一人の女に文句を言われるけれど、その女は無視するように呪文を唱え、魔法の灯りを作り出した。
「ありがとうございます」――私は礼を言う。
「いいさ。私たちの役目はここまでだ。あとは知らないし関わりたくもない」
◇◇◇◇◇
ふたりは牢の扉の錠を閉め、去っていった。
私は手枷を付けたままの手で光源を拾う。それは光る石だった。
立ち上がると、身体のあちこちが少し痛い。特に、小突かれた太腿が思ったよりも痛かった。
石を手にしたまま、牢の格子戸を掴み、揺する。とても開けられそうにない。絶望的な状況なのにどうしてか、私は落ち着いていた。さっきから怖い思いばかりしていたのに、ベルチカが一緒に連れ去られていなかったことに安心していた。
「地下牢……お城の地下牢……」
確認するように独り言ち、通路を見渡すと、どうもこの牢は通路のいちばん奥にあるようだった。通路には松明を掲げる穴が壁に開いていて、窓のようなものは無い。
振り返ると――
ひっ!――部屋の奥に人影が見え、驚いてしまった。
ただ、よく見ればそれは白く、身動きひとつしない。
石の像だった。
その女の石像は、両膝を突き、垂れた両腕は、何かを迎え入れるように両手の平を前に向けていた。穏やかなその顔は僅かに微笑み、今にも語り掛けてくるかのよう。そして――
そして私は落涙していた。ぽろぽろと止めどなく涙が溢れる。
(どうしてこんなに悲しいの……)
何も思い出せないのに、悲しみだけが溢れて尽きなかった。
◇◇◇◇◇
牢の中は外ほど寒くはない。寮の中ほどでは無いけれど、どこかほんのり暖かかった。それでも、だんだんと手や足の先は冷えてかじかんでくる。私は外套の上から、女たちが残していったリネンの大袋をまとい、石像に背をもたれさせるようにして座り込んだ。
くう――とお腹が鳴る。
地下なので、あれからどのくらい経ったかがわからない。けれど、お腹の空き具合をみる限り、夕飯はとっくに過ぎていると思う。それとも朝ごはんなのか。女たちは私を殺す気は無いと言ったけれど、生かしておく気もないみたい。
ベルチカは大丈夫だろうか。私が居なくなって心配していないだろうか。酷いことをされていないだろうか。私のナナカマドの杖は見つけてくれただろうか。大丈夫、私はまだここに居るよ。
もう何日も経ったような気がしてきた。大人しくしていることは得意だけど、それでもこんな場所でずっといると辛くなってくる。だけど、いつか、こんな目に遭ったこともあるような気がしてくる。
大丈夫。私はもっと辛いことにも耐えてきた。
◇◇◇◇◇
………………雪の中に居た。
冷たいはずの白い雪が、ふわふわと柔らかく、どうしてか冷たくなかった。
すうっ――と高い高い所から差し出された白い手が、私の頬に降りてきた。
『ごめんね、遅くなっちゃって』
そんな声が天上の光から聞こえた。わたしは――いいよ――って答えた。
『――素直ないい子だね』
お母さまが、謝ったなら許してあげなさいって――そう答える。
『――あなたの想いが強すぎて、消すのに時間が掛かっちゃった』
わたしのせい?――って返す。
『――ううん。あなたはありのままでいいんだよ。だから――』
今度も負けずにがんばれ――光はそう言って、消えていった。
目覚めると、そこはやっぱり牢の中。
だけど、なんとなくわかった。今のが神さまの啓示なんだ。
私は立ち上がる。
ふらつきながら、立ち上がる。
そして目の前の石像に向かい合った。
「鑑定」
そう言葉にすると、石像には名札が浮かび上がった。さらに――
ミルヌの石像――堕神マルグリードを封じるため、犠牲になった少女。心臓に刺さったバジリスクの水晶体でマルグリードの心臓を封じている。この秘密は大いなる隠蔽によって隠されている。
『ミルヌの石像』と書かれた名札を見ていると、そういう説明書きが宙に浮かびあがった。その下には斜体で書かれた文字。
ミルヌの石像――『いつかきっと、あなたと食べるアイスクリームは、ふわっふわのソファーの上で。約束だよ』
(女神さま、また変なこと書いて……)
だけどその瞬間、思い出したんだ。
私の名はイズミ。日本からの転生者。




