第27話 ルテルの地
「呆れた! アイザさん、恋人をほったらかして旅に出てるなんて!」
翌日の昼休み、カアヤさんとウィルマさん、それから私の3人で、れいのアイザさんという人の部屋を訪ねた。アイザさんは文官向けの宿舎のひとつで寝泊まりしているんだって。仕事はできる人だと言うのでお金はあるそうだけど、側仕えは置いていない。
『私の人生で最も大事な用件のため旅に出ます。カナリには秘密にしておいてください』
秋の終わりに旅立ったアイザさんから、隣の部屋の文官さんが手紙を託されたらしく、誰か尋ねてきたら渡してくれと言われていたらしい。その手紙に書いてあった言葉がそれ。
「アイザさんっていい大人なのにちょっと頼りないんだよね」
「もお! カナリ様が盗られたって知らないんだから!」
「最も大事な用事……聖女様には秘密……」
私も手紙を読み、独り言ちた。
「――これって、アイザ様が聖女様のために何かしようとしてるのではないでしょうか?」
「そうかしら? アイザさんは――仕事で忙しい、忙しい――ってずっと言ってたのよ?」
「そんな回りくどい事されるより、傍に居てくれた方が何倍も嬉しいじゃんね?」
カアヤさんとウィルマさんはそう言うけれど……
「男性ってそういう回りくどいことをして女性を驚かせたいって思うものなのでは……」
ないない――とふたりとも言うけれど、アンヘルさんだって自分で作った小箱をアンリットさんに贈ったと言っていたし、アンリットさんが婚約者だったなら尚更、好きで贈ったものだったのだと思う。アイザさんの場合も……何となく同じ感じがした。
結局、カナリさんには伝えず旅に出たアイザさんも悪いということで、カアヤさんは聖女様へ報告することにしたみたい。だから私も、たぶんそれは聖女様のためだと思う――と付け足しておいてもらうことにした。
◇◇◇◇◇
それから5日ほどして、オリヤ先生の基礎魔術の授業ではベルチカが魔術文字を正しく書けるようになってきた。さらに魔術文字の繋がりの中に秘められた身振り手振りも少しずつ理解し始めると、オリヤ先生はベルチカにも魔術師の祝福があるのではと言い始めた。
「ロゼリアさんならベルチカさんの祝福も見えるのではなくて?」
オリヤ先生はそう言った。けれどロゼリアさんは――
「どうでしょう。魔術師の祝福をお持ちの方は、探知妨害で私の鑑定を妨害されますから」
そう言ってそっぽを向いた。オリヤ先生も何と返したらよいか困っていた。
◇◇◇◇◇
授業が終わり、昼休みにベルチカと一緒に食堂へ向かおうとすると――
「あの……アンリエットさん。少しいいですか……」
そう声を掛けてきたのは同じ学級の男子生徒。彼の後ろにはもうひとり、男子生徒とふたりの女子生徒。
「何かしら?」――と私の前に出て先に返事をしたのはベルチカ。
「僕はマイエスと言います。どうかお願いです。僕らに魔術文字を教えてもらえないでしょうか」
その4人は、私がオリヤ先生の手伝いをしていた時も、邪険に扱ってこなかった4人だった。
「なぜ、あなた方にアンリエットが教えなくてはならないのです?」
「その……僕らは皆、ルテル領の文官や武官の子で、領地のためにも優秀な成績を収め、魔術師にならないといけないのです」
「ルテル……」――ベルチカが呟く。
「ルテル領というのは? 私、あまり王都の周りの領地のことを知らないのです」
すると、マイエスさんが返す。
「ルテル領というのは、7年前の事件で、旧ミリニール領を統治していたデル・ソノフ家に残された領地です」
「美しき・ソノフも地に落ちましたけれどね」
ベルチカがそう付け加えると、彼らも顔を伏せる。
「……はい。仰る通り、旧ミリニール公ジャナス閣下は魔族に魂を売り、謀反を企んだのです。先の国王陛下はジャナス公と加担した数名の臣下の首を刎ね、領地の大部分を没収し、次代の国王陛下へ与えました。その際、ソノフ家に残された土地が、魔族に蹂躙され荒廃したルテルの地なのです」
「あなた方のご両親は加担していなかったのですか?」
「そのように聞かされております……」
「どうだかわかりませんわよ。私の母も、成人する前の話とは言え、父親の愚行を見抜けなかった自分を未だに責めておりますもの。ですからソノフとは縁を切ったのです」
(ベルチカが前にジョゼファへ話していたことってつまり、そういう意味だったんだ……)
「……少なくとも両親は、ルテルの地の民のために尽くそうとしております。それは償いであり、使命だと。我々も力になりたいのです!」
マイエスさんの言葉に、あとの3人も頷いた。
私は返す。
「構いませんよ。一緒に勉強をしてくださる方が増えるのは嬉しいです」
「アンリエット!?」
「よろしいのですか!?」
「アンリエット、ソノフ家は貴族たちから目の敵にされてます。この子たちだってきっとそうだったから、あなたを頼ってきたのですよ。関われば、あなたの立場がもっと悪くなります」
マイエスさんたちの顔を見る限り、おそらくそれは本当の事なのだと思う。
けれど――
「身分なんて関係ないと学院長先生は仰られました。国へ貢献したい者を求めていると。この制服は等しく学びを請う者の印なのですよね。でしたら、互いに研鑽を重ねることは、知の化身の望まれるところなのではないでしょうか」
ベルチカは、私の言葉に息を飲む。
「――ベルチカも私と同じですよね?」
ベルチカは返す。
「ええ、もちろんよ」




