第26話 聖女の悩み
「素敵ですね。ギレにこんな才能があったなんて、昔は思いもしませんでした」
聖女様はとりあえず落ち着くためにと、私たちをお茶に招いた。白い大理石のテーブルへ着くと、カアヤさんは聖女様に、ギレさんが作った玻璃の壺を手渡した。
「こんなので飲むお酒はきっとおいしいのでしょうね」――とミルアリエさん。
「ふふっ。でもね、違うのです。これにはお花を飾ろうと思って」
「花ですか?」
「そう。知ってました? あの『中身の腐らない酒瓶』って、生けた花がすごく長持ちするのです。ヒルデブラントに教わったの。――ね」
「ええ」――と、給仕をしてくれていたヒルデブラントさんが微笑む。
「聖乙女の祝福を授かる前は、街で酒瓶洗いのお仕事を手伝っていたのですよね」
「大祝福で、カナリ様の侍女を務めるようにと、主神さまからの啓示をいただきました。我々、聖乙女は皆そうです。その中で、剣の腕を買われましたので、剣の名を戴いてヒルデブラントと」
ただ、私はヒルデブラントさんの話に興味があった。
「その……やはり、祝福を授かるときは神さまからの啓示があるものなのでしょうか?」
すると、聖女様とヒルデブラントさんが顔を見合わせ、ふたりともこちらを向き、聖女様は居住まいを正される。
「私は聖堂での儀式で主神さまの部屋へ招かれました。そこで主神さまから、私が向かうべき道を示されました」
「私の場合は仕事をしていたら辺りに光が差して、救国の賢女さまと、主神さまのお言葉を賜ったのです。気が付いたら聖堂へ向かっていました。まだ当時は10歳でした」
聖女様はヒルデブラントさんの話に頷き――
「啓示は人によって違うと思うのです。昔は、祝福を授かるのは早くても成人してからだったと言いますし、今から焦らなくてもいいのですよ。それに、アンリエットさん。あなたの祝福はきっと賢者だと思います」
「どうしてそう思われるのですか?」
「だって、アンリット様はたくさんの魔術を使いこなす賢者でしたもの。貴族たちの間では賢者の祝福の力は鑑定だけなんて言われてますけれど、そうは思いません。それに、預言したのは私なのですから」
小さな聖女様は自信満々に言った。
すると、――ふう――と息を吐いたカアヤさん。
「アンリエットを連れてきてよかった。アンリット様の生まれ変わりかどうかはともかく、カナリ様が元気になられて」
「どこかお身体が悪かったのですか? お元気そうに見えますが……」
「そういうわけではないのですが……」
「アイザさん、まだ求婚してこないのですか? 祝福があるからって何年待たせるつもりなんでしょうかね、あの人は。ヒルデブラントさんだって、いつまでも結婚できません」
「我々はお役目ですから構いませんよ」
「あの……聖女様は結婚してはいけないのですか?」
ただ、話についていけていない私は質問した。
「……主神様の聖女は純潔を求められるのです。ですが、魔王を倒した今、聖堂での聖女としてのお役目は終わりました。ですから、何も問題ないのです……」
「結局、アイザさんが悪いのよ。仕事が忙しいのを理由に恋人から逃げて……」
「メレアの筆頭聖堂騎士、グレイムス様からも聖女様との婚約を打診されております」
「ええっ」
「そうなのですか!?」
「アイザさん、何やってるの……」
ヒルデブラントさんの話に皆が声を大きくした。
「……そのアイザ様という御方に一言申し上げなくてはなりませんね」
聖女様とアイザさんの話が、どうしてか他人事とは思えなくて、思わずそう言葉にしてしまった。
◇◇◇◇◇
「聖女様、また知の化身の生まれ変わりが現れたと伺いましたが、誠でしょうか!?」
お茶を頂いていると部屋への来客を告げられた。聖女様は立ち上がると、来客を出迎える。聖堂の男の人たちが入ってくると、その中のお年を召した方が問い掛けられた。
「嚮導司祭様、またではございません。私はまだ、ロゼリア様を知の化身の生まれ変わりとは認めておりません」
「ですが、ロゼリア様は聖女様のお記憶があったと伺いましたが?」
別の若い男の人が問い返した。その人は、さっき出会った緋色の外套の人だった。
「グレイムス様、以前にも申し上げましたが、わたくしとアンリット様は知り合ってひと月も経っていない関係でした――」
「でしたら尚更!――」
「いいえ。正にその、わたくしと陛下のことばかり詳細に憶えているという事が納得いかないのです。アンリット様であれば、エスラ様を始めとした神殿の出身の者たち、そして何より婚約者だったアンヘル様のことを忘れるわけがないのです」
アンヘル様? そういえばアンリット様とは贈り物を贈り合うような関係だと言ってた。
「ではいったい……ロゼリア様は何者だと仰られるのですか」
ただ、聖女様はそこで言葉を詰まらせる。
「それは…………私にもわかりません。ただ、アンリエットにはまだ祝福が顕現していないように思われるのです。ですがいずれ、大賢者様がお戻りになられれば、きっと真相が判明すると思います」
「承知いたしました。神託を遣わされたのは聖女様です。聖女様のお言葉を尊重いたします」
嚮導司祭様がそう答えて膝を折ると、他の人たちも続いた。
ただ、グレイムスと呼ばれた人だけは、訝し気に私を一瞥したのがわかった。




