第25話 聖女
「じゃ〜ん! 私の大切な人! ギレ!」
カアヤさんに連れられ、マルギットさんを除いた昨日の上級生たちと一緒に、王城の鍜治場へ立ち寄っていた。そこで働く大人の男の人、厚い手袋を外して頭に巻いた布を取ると、濃い茶色の前髪が両目に被る。カアヤさんは、その人の腕を引っ張るようにして私たちの前へ連れ出す。
「……こんにちは、ギレです」
「大切な人って、婚約者ということでしょうか?」
聞き返すとそっぽを向くギレさん。
「私としてはそのつもりではあるけど、今の所は恋人かな?」
カアヤさんがちょっとだけ戯けたように言った。
「いいよね、カアヤは。昔から好きな人といつも一緒で」――とウィルマさん。
「ギレはね、ガラス工の祝福を授かったの。帝国の時代に作られてた『中身の腐らない酒瓶』の製法を復活させたんだよ。ほら、今も昔の瓶を使いまわしてるやつ。あれ」
「そうなのですね」
南部の帝国で作られた『中身の腐らない酒瓶』というのは、中に入れたお酒や水が腐らなくなる。だから昔から何度も洗って大切に使われてきた。
「あれ、できてる?」――と、ギレさんに聞くカアヤさん。
「ああ」――と、ギレさんは奥へ引っ込んでいく。
「無口な人なんですね」
「ちょっと照れ屋なのよ。兄さんと一緒で」
「お兄さんもいらっしゃるのですか?」
「そう。ギレと一緒で魔術学院の1期生だったの。ふたりとも、魔術の才能は無くて苦労したけど、どっちも真面目だったから、しっかり魔術を学んで今の仕事に活かしてるんだよ。特に兄さんなんて――」
「……カアヤ、ほら」
「わぁ……」
ギレさんが差し出したのは、布に包まれた玻璃の壺。碧翠の混じりあった透明な壺。ミルアリエさんとタリーティアさんが感嘆の声を上げる。
「綺麗……」
「でしょう? ギレは芸術の才能もあるの。――絶対カナリ様も喜ぶと思うよ、ギレ」
カアヤさんがそう言うと、やっぱりそっぽを向いてしまうギレさん。
◇◇◇◇◇
鍜治場を後にし、王城の西の回廊をずっとずっと奥まで行くと、聖堂に達する。途中、青いタバードの人たちと出会い、会釈をする。それが、王都の騎士団員だとカアヤさんに教わる。私が慌てて魔石のお礼を言うと、どういたしましてと、微笑んでくれた。
聖堂が近づくと、右手に森が広がっているのが見えた。主神様の古い聖地で、奥深くに泉があるとカアヤさんが説明してくれた。ただ、特別な儀式のとき以外は近寄ることさえ難しいらしい。浅い所までなら、学院の授業で触媒の採取に立ち入ることがあると教えられた。
「メイガスリンです。聖女様とのお約束で参りました」
鎧を身に着けた、聖堂騎士と呼ばれる人たちが聖堂の東門を護っていた。厳しい目を向けられ、ちょっと怖かったけれど、カアヤさんが名乗ると中へ通してくれる。
「――こういう時だけメイガスリンって便利なのよ。姉さんの威光に与れるから」
溜息まじりにカアヤさんが言う。
聖堂の中は天井が高くて、高い所には浮き彫りが彫刻されていた。どうやってあんなところに彫刻したのだろうという疑問と、何が彫ってあるのだろうという好奇心で見上げていた。
「あれは王国が建国されたころの物語が彫刻されてるの。あっちが地母神様に仕える大聖女、そっちは勇者ヴァタウ」
「勇者ヴァタウって女の人だったのですか?」
ん?――と皆が一緒に見上げる。
「んー、確かに女の人に見えなくもない?」
「昔はああいう髪の長い男の人も多かったんだと思うけど」
「胸がすごく大きいように見えませんか?」
「鎧を着てるし、身体も大きいから違うんじゃない?」
そんな風に話していると――
「勇者ヴァタウ様は男性ですよ」
そう声を掛けてきたのは、緋色の外套をまとった男性。
「――聖堂にはそう伝わっております。彫刻が女性に見えるのは、当時の美的感覚と言われておりますね。7年前の魔族の襲撃で壊れてしまいましたが、天守前の広場にあったヴァタウ像は筋骨隆々でしたし。それにほら、あの傍らの小さい女性が妻だったそうですし」
「やっぱりそうですよね!」――とウィルマが返すと、男性はニコリと微笑んで去っていった。
その小さい女性というのは、髪が短くて男の子のようにも見えた。ただ、勇者ヴァタウが大事そうに抱いている彫刻もあり、納得できた。
◇◇◇◇◇
「聖女様、メイガスリンのお嬢様がお見えです」
聖女様へのお目通りを願うと、聖乙女と呼ばれる聖女様の側仕え兼、護衛の女性のひとりが、聖女様の部屋へ案内してくださる。
「(お嬢様だって!)」
「(しっ!)」
タリーティアさんが茶化すと、ミルアリエさんが注意する。
聖乙女様は何も言わず、部屋へ通してくださった。
「カナリ様!」
そう言ってカアヤさんが小走りに駆けよったのは、窓の傍で振り返る白い衣の女性。
キラキラと輝く金髪をさらりとなびかせたその女性は、思っていたよりも小柄。カアヤさんよりも小柄な女性だった。
「カアヤ、来てくれて嬉しいです。4回生になったのですよね、おめでとう」
「ありがとうございます」
「エスラは元気にしてますか? 神殿の皆は?」
「姉さんは相変わらずです。私もネッラさんの面倒をみるのが忙しくて、神殿には帰れてません」
そう――と、いくらか困ったような顔でカアヤさんに返す聖女様。
「皆も久しぶりですね。進級おめでとう」
「カナリ様、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます、聖女様」
上級生の皆が挨拶し終えると、聖女様は私に目を向ける。
「そちらは?」
「新入生のアンリエットです。神殿の特待生で、魔術師の祝福があるかもしれないんですって」
「初めまして聖女様。お目にかかれて光栄です。アンリエットと申します。お見知りおきを」
私が軽く膝を曲げ、視線を下げてから顔を上げると、聖女様はハッと息を飲む。
「アンリット様…………アンリット様ではございませんか!?」
聖女様は突然、私の前で両膝を突いて目の高さを合わせると、私の両肩に手をやった。
「あ、あの……」
「ヒルデブラント、嚮導司祭様に遣いを! アンリット様の生まれ変わりです!」
聖女様は傍に居た聖乙女様にそう告げる。
「……ですが聖女様、知の化身の生まれ変わりは、ロゼリア様なのではございませんか? 確か、陛下と聖女様のお記憶もお持ちと……」
「確かにそうかもしれませんが、この子はアンリット様に瓜二つなのです!」
聖女様はそう言うけれど――
「ですが私、賢者の祝福どころか、祝福は何も授かっておりません」
「アンリエットは魔術師の祝福を授かったのではないかと姉さんに言われたそうです」
カアヤさんがそう付け加えた。
「エスラが? エスラはあなたのことを何か言っていました?」
「アンリット様にそっくりだと。でも、生まれ変わりはロゼリアさんだと言われました」
「理由は? 私と陛下の記憶があるからですか?」
「はい」
「確かに私はアンリット様との付き合いが短いかもしれません。ですが、だからこそ見えてくるものもあります。何より陛下はともかく、私の事を憶えているのに、アンリット様が愛弟子のエスラのことを忘れるわけがございません。祝福のことも、きっと何か理由があるはずです」
聖女様はそう言って、ヒルデブラントさんに遣いを出させた。
ただ、ヒルデブラントさんは私たちに、「嚮導司祭様が公言されるまでは内密に」と告げた。




