第23話 上級生たち
「時間ですよ、急いで!」
パンパン!――と手を打つ寮長のマリア先生が、寮の入り口で門限ギリギリに戻ってくる生徒たちを急かしていた。
遅くなったことが申し訳なくて、頭を下げて前を通り、玄関を抜ける。
ただ、食堂に入った所でジョゼファたち3人が待ち受けていた。避けようとすると、彼女らの方から詰め寄ってきた。
「どうしてエスカイユ様が平民のあなたのことなんか助けるのよ!」
「えっ!?」
どうしてそんな話になるのかわからない。
「笑いものにされていい気味だったのに、選りによってエスカイユ様が助けるなんて」
「地面に這いつくばって庭の手入れしてるなんて、平民にはお似合いだったのにね」
3人に囲まれる。しかもそこへ――
「エスカイユ様がどうしたって?」
――と、やってきたのは上級生たち。ただ、ジョゼファはその言葉にニヤリと微笑んだ。
「アンリエットが、エスカイユ様に色目を使ったんです。それでエスカイユ様に優しくされて、調子に乗ってるのよねぇ?」
「エスカイユ様が?」
「こんな子に、エスカイユ様が靡いたって言いますの?」
ジョゼファが言うと、周りの上級生たちも囁きだした。
「そんな……色目なんて使ってない……」
食堂の入り口に生徒たちが集まってくる。上級生たちはみんな身体が大きくて怖い……。
そこへ――
「聞き捨てなりませんわね」
そう言って現れたのは美しい栗色の髪、生徒会長のオブリージアさんだった。
彼女は冷ややかな目で私を見降ろす。
(私を敵視している…………)
そう思ったがしかし、くるりとジョゼファたちの方へ振り返ると――
「――エスカイユ様が新入生に色目を使われたからって、興味を引くとお思いですか。いい加減になさい」
ひっ――とジョゼファたちは短い悲鳴をあげる。
「――エスカイユ様は竜騎士の孫という身分にも驕らず、成人前から色恋には見向きもせず研鑽を積んでこられ、今の地位にあるのです。侮られる謂れはございません」
「も、申し訳ございません!」
オブリージア生徒会長の後ろで立ち尽くす私。ただ、その腕を誰かが引いた。
その人は、皆が生徒会長に気を取られている隙に、私を人だかりから連れ出してくれた。
◇◇◇◇◇
「あ、あの……」
「ほら、もうちょっと離れた席まで行きましょ。オブリージア様はあれでなかなか、エスカイユ様の話となると面倒なのよね。あの場はああ言ったけど、たぶん目を付けられてるわ」
そう言って連れてきてくれた長い机の後ろの端の席には、他にも4人の生徒が居た。
「その子は?」――とその中のひとりが聞いてきた。
「オブリージア様に目を付けられたの。あの人ほんと、エスカイユ様に執着してるから」
「あっ、カアヤ様でしたのですね」
私を連れ出してくれたのは、上級生のカアヤ・メイガスリンだと気が付いた。
「覚えていてくれたのね。――この子はアンリエット。神殿の特待生なのよ」
「そうなんだ、私たちと一緒じゃん」
「あたしはタリーティア。2回生」
「ミルアリエ。同じく2回生」
ふたりともたった1つしか齢が違わないのに、カアヤさん程では無いけれど、私よりずっと大きかった。
「私は違うけどね。マルギット。3回生。魔術師の祝福を授かったの」
「マルギットだって元は神殿の子だったじゃん!――初めまして。4回生のウィルマ。よろしくね」
「はいっ、宜しくお願いします!」
テーブルの皆に頭を下げ、カアヤさんに勧められるまま、席に着く。
「だんだん平民の生徒が減ってるのよね。私の頃までは多かったのに」
「聖堂の特待生はまだ多い方だよね。あっちは優遇されてるから試験なんて易しいらしいし」
ウィルマさんがカアヤさんに愚痴るように言った。
「――知ってる? この子、学院長先生の妹なんだよ。大魔術師エスラの妹だから小さな魔術師」
「ちょっと、やめてよ!」
「本人は気に入らないんだけど、姓が必要だから付けられたんだって。笑っちゃうよね」
「魔術師の祝福も無いのに、恥ずかしいのよ。――あ、そう言えば今日、新入生に魔術師の祝福を授かった子が見つかったって!」
「そうなんだ?」
「新入生ってまだ大賢者様に祝福もらってないんだっけ?」
「あ、あの、それたぶん私の事なんですけど……」
「そうなの!?」――とみんなが声を合わせる。
「けど、エスカイユ様は、エスラ先生は賢者じゃないから分からないって……」
「まあ、のんびり大賢者様を待てばいいんじゃないかしら?」
「そうそ。焦るようなものでもないよ。必ず祝福はひとつずつ授かってるんだから」
ミルアリエさんとタリーティアさんがそう言ってくれて、少し安心した。
◇◇◇◇◇
「アノリか。悪い子じゃないけど……王都住みに憧れてたみたいだし、陛下に仕える文官の娘って聞いたとしたら、舞い上がったんじゃないか?」
夕食を食べたあと、ウィルマさんから誰と相部屋かと聞かれた。すると、同じ3回生のマルギットさんがそう教えてくれた。
「相部屋の上級生とは仲良くした方がいいけど……。最初に行き違いがあったら難しいね」
――とカアヤさん。
「あたしの相部屋の先輩なんて、取っ組み合いの喧嘩になってから大人しくなったわよ!」
「喧嘩っ早いタリーティアは目を付けられても平気でしょうけど、皆が皆、そうもいかないでしょっ」
ミルアリエさんがタリーティアさんのおでこをツンと突く。
「神殿の子は敵視されてるから仕方がない。私は養子に貰ってもらえたからマシだけど」
「神殿もそんなに悪い場所じゃないんだけどね。……ライハルト様があんなことにならなければ、もっとみんな上手くいっていたはずなのに……」
「ライハルト様というのは?」
カアヤさんに問いかけた。
「アンリット様を見出して、私たち孤児を取り立ててくださったのがライハルト・フォル・ドバル様なの。メイガスリンって名付けてくださったのもライハルト様なんだけど……。大臣様だったのよ」
「その方って、もしかして……」
「ううん。生きてはいらっしゃるの。だけど、何者かに襲われて呪いを掛けられたの。それで今も眠り続けてる……」
カアヤさんは俯きがちに話を続けた。
「――ライハルト様が居なくなってから、神殿と貴族の仲を取り持つはずのドバル家が分裂しちゃって……。オブリージアさんのお母上、ミシャカラ卿を中心とした派閥が神殿を敵視してるの」




