第22話 失せ物探し
「生意気なのよ! 平民の癖に!」
アントウィアという、同じ学級の子がナナカマドの杖を振り上げて言った。
「お願い! 返してください! 私の杖!」
4限目の館内設備の説明会が終わり、寮の自分の部屋へ戻ろうとしたところ、4階でジョゼファたち3人の女の子に掴まった。彼女らは私の鞄を強引に奪い、その中から磨きかけのナナカマドの杖を抜いた。
私はどちらかというと背が低い方。3人の中でも背の高いアントウィアが腕をめいっぱい高く上げると、私には届かない。それ以前に、誰かに掴みかかったり、近づきすぎることそのものが、貴族の女性として慎みがないと教わっていた。だから、取り返そうにも取り返す術がない。
「平民らしく、地べたに這いつくばって頼んでみなさい」
まごついていると、ジョゼファになじられる。
「そんな……、そんなことしたくない……」
「ライヤ、隠しちゃえ!」
ムッとしたジョゼファがそう言うと、アントウィアがライヤという別の子に杖を手渡す。すると、ライヤはすぐ傍の部屋の扉を開けて入ってしまう。
私が追おうとすると、ジョゼファとアントウィアが通せんぼした。
パタリ――と締まる扉。
ジョゼファとアントウィアが前を退いたけれど、錠を掛けられたのか扉は開かない。たぶん、ライヤの自室なんだと思う。
「返してください! お願いです!」
扉を叩く。けれど、ライヤは出てこない。ジョゼファたちも笑うばかり。
ガチャ――と錠が外れ、ライヤが顔を出す。
「何を返せって?」
「今、持って行った私の杖です!」
「そんなもの、知らないわよ」
ね~――と3人が声を揃える。
「そんな! いま、目の前で私から取り上げたではないですか!」
「知らな~い」
「どこにそんな証拠があるっていうの?」
部屋の入り口ではライヤが立ち塞がり、ジョゼファとアントウィアが囲む。
だけど、寮の廊下でそんなことをやっていると、他の寮生も通りかかる。
「きみたち、何やってるの! 新入生?」
上級生らしき背の高い女子がふたり、やってくる。
「この子たちが私のナナカマドの杖を――」
「アンリエットがライヤの部屋に押し入ろうとするんです!」
「違います! 3人が私の杖を取り上げて隠したのです!」
「私たちが? そんなことするわけ無いでしょう? どうして平民のあなたなんかの杖を欲しがるって言うの?」
言い返すと、ジョゼファはそう言って知らん顔をする。
上級生のふたりはお互いの顔を見合わせ、呆れた顔をした。
「私、失せ物探し の呪文を覚えてるから、その杖がどんなものか言ってみなさい」
「ナナカマドの杖で、このくらいの長さです」
私は上級生に手で長さを示しながら答えた。
「この部屋の中にあるのね?」
「はい、たぶん……」
「その代わり、触媒代は出してよね。もし、杖が見つかったら、あなたたち3人が、見つからなかったらあなたが。銀貨2枚よ」
「えっ……はい……」
上級生は呪文を唱えた。そして――
「少なくともこの部屋には無いわね。あんまり広い範囲だと、ナナカマドの杖なんていくらでもあるし」
「そんな! だってついさっき、ライヤが部屋に……」
「私は嘘なんかついてないわ。せめて現物を見た事が無いとこれ以上は無理。ほら、触媒代」
「そんな……」
ライヤをみると、したり顔で私を見ていた。
しかたなく財布を取り出し、銀貨2枚を渡そうとすると……
「――あっ!」
上級生に財布を取り上げられ、銀貨4枚を取り出された。
「心づけよ。当然でしょ?」
そう言って財布を押し返してきた上級生。周りを見るけれど、助けてくれる人は居ない。ジョゼファたちもほくそ笑んでいた。
◇◇◇◇◇
どうやって戻ってきたかも覚えていない。私は自室で書き物机に突っ伏していた。
どれくらい時間が経っただろう。六の鐘がずいぶん前に鳴っていたような気もする。
(そうだ……上級生がいじわるでやったんじゃないなら……。魔法で杖を探すことができるってライヤたちが分かってたのなら……。だったら……)
私は立ちあがると部屋を出た。それから階段を下まで降りて寮の外へ。
女子寮の南側。白の館との間の広い中庭に出た。
(ライヤの部屋はあの辺かな……)
私は、ライヤが窓の外へ投げ捨てたんじゃないかと思って足元を探す。廊下側の窓は嵌め殺しで開かないけど、部屋の窓からなら投げ捨てられる。
中庭は手入れされた芝が冬でも青々としていて、見た限りでは落ちていない。それから石畳、ローズマリーとラヴェンダーの生垣もある。生垣の中だろうか……。
生垣の傍で屈みこんで探す。思ったより探しづらい……。
◇◇◇◇◇
(みあたらない……)
通りがかる生徒たちに笑われたりしながら、生け垣に沿ってあちこち這いずりまわり、杖を探していた。それでも見つけられずにいると、やがて日も陰ってくる。
(どうしよう……門限が来ちゃう……)
そう思っていると――
「何をお探しかな?」
現れたのは橙色のお仕着せを鎧の上に着た麗人。エスカイユさんだった。
私は慌てて立ち上がり、制服についた草を両手で掃う。
「あの……明日の1限目の授業で使う杖を失くしてしまって。もしかするとこの辺に落ちてるかもって……」
ふむ――と口元に指をやるエスカイユさん。
「新入生の杖造りの授業か。ネッラの発明品だね。あれのおかげで皆、魔術の習得がずいぶん早くなった」
「はい、ネッラ先生の授業で作ってたのですが、私だけまだ磨き終わってなくて、それで……」
ジョゼファたちのことを言うか悩んだ。近衛騎士のエスカイユさんに告げ口するのも違うと思ったし、何より私がからかわれていたと知られたくなかった。
「それで?」
「いえ、なんでも……」
「手伝ってあげよう。この辺りにあるのかい?」
エスカイユさんは屈んで生垣を覗き込み始めた。
「あっ、あの……そんなことをしていただくわけには……。それに、本当にこの辺りにあるかもハッキリしていないのです」
こちらの話も聞かずに膝を突いて生垣を探るエスカイユさん。
「なるほど……これは厄介だ」
しばらく探った後、そう言って身体を起こした。そして、触媒を取り出し呪文の詠唱を始める。
「あのっ! 私、お金があまりなくて、失せ物探しの触媒代を払えません!」
お母様にお金は渡されていた。けれど、これはお母さまが働いて稼いでくれたお金だ。無駄にはできない。
ただ、エスカイユさんはニコリと微笑み詠唱を始めた。
「ほら、これだね?」
ローズマリーの枝へ沿うように突き刺さった、ナナカマドの杖をエスカイユさんが拾い上げてくれた。それを私に向かって差し出すけれど、受け取れないでいた。
「あの、探して下さったことは本当に感謝しています。ですが、私の家はお金がなくて、その、今持っているお金もお母さまがなけなしの稼ぎから下さったもので、寮生活も特待生として費用を免除してもらっているくらいなのです」
早口でそう告げた。
ただ、エスカイユさんは膝を突き、私の手にナナカマドの杖を握らせてくれる。
「特待生なんだ。すごいね。それじゃあ、お母さまのためにも頑張らないとね。確かに触媒は陛下から賜ったものだし大切だけど、大事な後輩のために使うなら、陛下もお許しくださるよ」
エスカイユさんはそう言いながら私の髪に触れた。
「――本当に綺麗な黒髪だね。青く輝く魔石のようだ」
「そんな……」
「……君、もしかして賢者の祝福を授かっていないかい?」
「いいえ? ロゼリアさんは私には祝福は無いと。ですが、エスラ先生は私には魔術師の祝福か何かがあると仰られて……」
「エスラは賢者じゃないからどうだろう。ロゼリアって子は、確かに賢者の祝福を授かっているみたいだけど…………」
眉をひそませるエスカイユさん。
「あの、ありがとうございました! その、門限なので!」
「ああ、お行きなさい」
「本当に、ありがとうございます!」
そう言って頭を下げ、私はエスカイユさんの前から去った。




