第17話 礼儀作法の教師
カランカラン――と鐘が鳴った。授業の終わりを告げる鐘で、聖堂の鐘とは別に白の館で鳴らされる。
聖堂の鐘は、日の出の鐘が一の鐘。日の入りの鐘が七の鐘。正午の鐘は四の鐘。午前を三等分する鐘が二の鐘と三の鐘、午後は五の鐘と六の鐘と呼ばれ、鐘ひとつ分の長さを一時と呼ぶ。季節によって、長さは変わる。
魔術学院の鐘は、聖堂の二の鐘で1限目の授業を始め、四の鐘で3限目の授業を終える。授業の長さは半時。だから、2限は前後に四半時の休み時間がある。
お昼の休み時間は、四の鐘から五の鐘の間で長い。五の鐘で4限が始まる。4限は半時よりも長い授業が当てられることも多いけれど、遅くとも六の鐘には終わるらしい。教師の退勤時間が六の鐘だからだって。
七の鐘までは自由なので、早めに終われば街へ出て食事をとったり、公衆浴場へ行ったりもできると教わった。ただ、街の職人なんかが仕事を終えるのも六の鐘なので、酒場には近寄らないようにと注意されていた。特に女の子は。
2限は女子と男子に分かれての礼儀作法の時間。今日は座学なので、女子はそのまま教室に居た。男子は教室では狭いので講堂へ向かった。
同級生たちはそれぞれ交友関係ができてきたのか、小さな集まりがいくつかあった。
だけどベルチカさんと私は、どちらも独りだった。
「ねえ、どうして落ちぶれ貴族なんかが第1学級に居るの?」
その言葉を聞いて、きゅっと私の胸が締め付けられる。
……けど、話しかけられていたのは私ではなく、ベルチカさんだった。彼女は、女の子たちの小さな集まりに囲まれていた。
「それも、王都を滅ぼそうとしたソノフの血族なのよね。領地を取り上げられたんだから、大人しくルテルに引っこんでればいいのに」
別の子が言う。けれど、ベルチカさんは前を向いたまま。
「ねえ、聞いているのかしら?」
「母は――」
キッ――と睨み返すベルチカさん。
「――母はソノフ家とは縁を切りました。今のルテル公爵領にも家はありません。貴族ではありませんが、王都が私の住まいです。試験に合格した以上、文句を言われる筋合いはありません」
同じ年の子とは思えないくらい、ハッキリとそう言い返した。
だけど、彼女を取り囲む女の子たちは詰め寄る。
私は思わず立ち上がっていた。
「そうだよ。血筋なんて関係ない。自分を犠牲にしてでも民を護りたいって、そういう覚悟がある者こそが貴族だって、お母さまは言ってたもの」
両手をギュッと握りしめ、声を絞り出した。
「あなた……」――ベルチカさんは目を見張る。
「フン! さすがは平民同士、仲が宜しい事ね。そんなおかしな理屈が通るわけないじゃない」
「ジョゼファの言う通りよ! あなたなんか神殿? あんないかがわしい所に居たのでしょ?」
クスクスと笑う声が他からも聞こえる。けれど――
「先生も! 上級生も言ったもの! 身分は関係ないって!」
「そんなの建前に決まってるじゃない!」
すごく腹が立つ。お母さまの言葉を否定されただけじゃない。先生が言ったことを守らないからでもない。何か分からない。だけどすごく……。
睨みつけていると、ジョゼファという女の子が睨み返す。ただ、周りの女の子たちが急にいそいそと席へ戻り始めると、ジョゼファもばつが悪くなったように目を逸らして席へ戻った。
振り返ると、私のすぐ後ろに女の人が立っていた。
ハッ――と息を飲んだ。どうしてか、抑えられない気持ちが私を動かした。
「無事でよかった…………」
理由は分からない。私は目頭に熱いものを溜め、そう声に出し、女性に抱きついていたのだ。
「……ンリット様……」
小さく呟いたその女性は、何度か深く息を吸い込んでから、私の髪を撫でてくれた。
◇◇◇◇◇
「えっと、その……申し訳ありません! どうしてこんなことをしてしまったか、分からなくて……本当に申し訳ありません」
私はその40代くらいの女性にできる限り頭を下げた。突然抱きついた上に、涙でお召し物を濡らしてしまったのだ。何でこんな馬鹿なことをしてしまったのだろう。
「大丈夫でございますよ。お気持ちは十分伝わりました。席にお戻りなさい」
だけどその人は、気難しそうだった顔を崩し、優しく微笑みかけてくれた。
私が席へ戻ると、その女性は教壇に立つ。
「――皆さん、初めまして。デーテ・ドバル・プロキシモと申します。礼儀作法だけでなく、貴族になるための知識、それから文章のしたため方、文字の書き方についても不安があればお教えいたします。分からないことは、恥ずかしい事ではございません。それを学ぶための場なのです」
デーテ先生は、私たちのことが知りたいからと、順番に自己紹介をさせた。
前の方に座っていた私は、早々に順番が回ってきた。
「アンリエットと申します。知の化身、アンリット様のお志を母から聞いて、本当の貴族になれるよう入学を決めました」
また笑われるかと思ったけれど、先生の前だったからか、同級生たちは何も言わなかった。
「アンリット様は常に高い理念を掲げられていました。ですがそれは手の届かない理想ではなく、誰もが少しずつ善くあろうという小さな努力から始まるものばかりでした。がんばりなさい、アンリエットさん」
デーテ先生はそう返した。




