第16話 屋根裏部屋
その顔には見覚えがあった。エスカイユ・ヘリオベラという近衛騎士。
問題はそんな彼女がなぜ、こんな女子寮の屋根の上に居たのかということ。それに話相手も屋根の上に居るはずなのだけど、顔を見せない。
「あの……4階の階段を上っただけで……」
ただそれだけ。入ってはいけないとは言われていなかった。
「ふむ……。迷い込んだのかな?」
「ちょっと悲しいことがあって、みっともないことに、独りで泣ける場所を探して辿り着きました。申し訳ございません」
両膝を突いて謝った。
「いいんだよ。別に入っちゃダメなところじゃないからね、この屋根裏部屋は。ただちょっと汚れているね」
「すみませんっ」
すると、エスカイユさんは呪文を唱え始めた。慌てる私に、片手の平を見せて、そのままで――というように。
「洗浄!」
ビョオ!――と風が舞うと、部屋の埃という埃が窓の外へと飛び出していった。私の服を白く汚していた埃まで。
「――これで綺麗になった。もし、つらいことがあったときは、この屋根裏部屋を自由に使っていいよ。辿り着ければの話だけどね」
そう言いながら、エスカイユさんは片目をパチリと閉じて、格子窓を閉めた。
「あの、外の人は締め出しちゃっていいのですか?」
「外の人?」
「さっき話しておられた……」
「ああ! 話してたのは私の剣。剣に話しかけるのが好きなんだ」
変なことを言うエスカイユさんは――じゃあね――と屋根裏部屋を出て、階段を下りていった。すれ違う時にいい匂いがして、綺麗な人だなって思った。
部屋には帆布の下に、ベッドと長櫃があった。長櫃は空っぽ。さっきの魔法でベッドも綺麗になっていて、毛布とシーツがあった。私は制服だけ脱いで、ベッドに入って眠った。
◇◇◇◇◇
次の日、日が昇る前に起き出して、薄明りの中、こっそり襯衣のままトイレに行った。制服に着替えて部屋へ戻ると、アノリさんはまだ寝ていた。授業に必要な物だけ持ち出して、屋根裏部屋で美しい夜明けを眺めていた。
朝食は昨日とほとんど同じ。だけど、スープに入っている練り物が違ってた。平たい輪っかが途中で切れたみたいな練り物。味は変わらないのかもしれないけれど、プリッとした食感が楽しい。みんな気付いているのかな? 周りと話をするので忙しそう。
私はまたひとりぼっちだったけど、あの子もまたひとりだった。
◇◇◇◇◇
授業はいつどこで何をするか全部決まっていて、白の館の玄関で確認できる。変更があったりすると張り出されるので、朝はみんな確認していく。
最初の授業は魔法の杖の授業だけど、初日は座学。座学は、1回生の部屋が東棟に割り当てられていて、2つの学級に分けられている。私は第1学級。ロゼリアさんやあの子――ベルチカさんも同じ。
「はいみんなー、おはよーございまーす」
朝の挨拶のはずなのに、とても眠そうな声が響いた。顔色が悪く、目の下に隈を作っていたのは教壇に立つ先生。長く赤い髪は波打っていて整えられていない。服装も乱れていて、胸元が開いていた。それに、なんというか……胸がすごく大きくて目立つので恥ずかしい。
「――魔法の杖の製作を教えるネッラといいます。えー、皆さんはー、魔法の杖がどういうものかー知っていますかー?」
誰も答えない。
「……あの、町や村の魔女が昔、杖に乗って飛んでいたって……」
私がそう答えると、周りの生徒たちは笑った。
「魔術と魔女の魔法は違うんだぞ」
「そんなことも知らないんだ」
そう言ってからかった。
「そうです。私が最初に目を付けたのは正にそこだったのですよ、黒髪の君」
「……あ、アンリエットです」
「アンリット!?」
「いえ、アンリエットです……」
一瞬、目を剥いたネッラ先生。だけど、すぐにまた眠たげに。
「ああ……うん……アンリエットね。――とにかく私は、魔女の杖がどういうものか調べたのです。魔女の詠唱は魔術の詠唱と違って多種多様。祈りや呪歌だけでなく、踊りまでも交えます。ただ、彼女たちはそこに杖という要素があっても詠唱に支障をきたさないのですよね。それどころか、杖を詠唱に使う」
難しい話をするネッラ先生。
「――私は自分の才能――魔女の祝福を活かして、そうした杖について研究したのです。その結果、魔術文字を刻んだ杖を使うことで、詠唱での身振り手振りを簡略化し、さらに触媒まで軽減することに成功したのです!」
私は問いかける。
「ネッラ先生。もしかして、先生がこの魔法の杖というものを最初に作られたのですか?」
「そう! そうなのですよ。私にはこの魔法の杖を使った詠唱の簡略化というものがどうしても必要でした! どうして必要だったか、わかりますか?」
私は頭を振った。
そこへ男子生徒が――
「おっぱいが邪魔だったから身振り手振りができなかったんですか!」
そう言ってからかうと、男子生徒の何人かが笑う。
「あっはっは。いい答えだ。君は最後の最後で落第にしてやる!」
「先生、それはないですよ!」
顔を蒼くする男子生徒。女の子たちは呆れていた。
「答えはね、私に魔術の才能が無かったからです。どれだけ努力しても、身振り手振りが覚えられなくて遅いし、詠唱は成功しない。わかりますか? 私には必要な物だったのです。だから、大学院で研究に没頭して、ついに一昨年、この魔法の杖を作り上げたのです。だから皆にも、才能がないからと諦めず、頑張ってもらいたいのです」
そう言って優しく微笑んだネッラ先生は、やっぱり眠そうだった。




