第14話 火の魔法
朝、目覚めると、天井が近くにあってびっくりした。二段ベッドの上というのもあったけど、寮の4階は天井が下の階と比べて少し低い。だからだと思う。
おはようございます――と挨拶をしたアノリさんは、昨日ほど元気じゃなかった。昨日、ロゼリアさんから祝福がないと聞かされてからずっと。
トイレは部屋の外にあるので、制服に着替えてから廊下へ出ると、襯衣だけで廊下を歩く生徒がたくさん居たので、ここでもびっくりした。男の子が入ってこないというだけで、みんな下は長靴下だけで部屋履きだったし、中には素足の子までいた。建物の中が温かいから寒くはないけれど……ちょっと恥ずかしい。
それから、朝の化粧室は混むと知った。トイレはたくさんあるけれど、それでも並ぶ。ちょっとこれはどうにかしないといけないかもしれない。アンヘルさんのところに居た時は、人が居ないか確認して、こっそりトイレに行ってたけど、もっと早い時間に行かないといけないかも。小さな鏡も部屋に在るから、洗面器に水だけ貰ってこようと思った。
◇◇◇◇◇
朝食は誰と話すこともなくひとりで取った。アノリさんも、昨日のように面倒は見てくれない。
自分で給仕して、食べ物を受け取って席へ持って行くのは面白かった。身分の高い子は、侍女に給仕させていた。
朝食は四角いパンだった。柔らかい白パンで、酸っぱさのない甘いパンだった。豚肉と酢漬けのキャベツのスープ、茹でた菊苦菜と、あと何か分からない白い野菜。サラダに掛かっている油が、酸味と甘みがあってすごくおいしい。スープには、昨日のアンジュレを細く切ったような練り物が入っていた。管のようで、昨日とまた違った食感が楽しい。
◇◇◇◇◇
最初の授業ではふたつの屋外教室に全員が集まった。新入生の他にも生徒が何人か居た。
エスラ先生が私たちに挨拶したあと、火の魔法を学ぶと聞かされ、私は両手をギュッと握りしめてしまった。だけど、周りの子も同じみたいで緊張していた。黒板という大きな黒い石の板に、古語の呪文が大きな文字で書かれ、読み方を説明される。
「入学試験で皆さんが体験したとおり、火の魔法は危険な魔法です。ですが、それは全ての魔術に言えることです。危険さを知って、正しく使う。そうしないと、皆さんの大切な人たちや、何よりも皆さん自身を傷つけてしまう恐れがあります。いいですか? 先生方の言葉を守ってください」
配られたのは湿った木の板。上手くいけば焦げ目がつくらしい。乾燥していると、こんな木の板でも簡単に火が付くと教えられた。それに、人に向けると怪我をするとも。
「――では、今の呪文を正しく発音してみてください。意識を他に向けてはなりませんよ。木の板に集中しましょう。先生方が見守ってくれています」
その先生と呼ばれた人たちは制服を着ていた。たぶん、上級生なのだと思う。アフマズルさんも居て、呪文を唱える生徒たちに余所見をしないよう注意していた。
「――クヴェイクトゥロガ!」
新入生のひとりが正しい呪文を唱えると――パチッ――と小さな音が弾けた。
「すごい、いきなり最初から成功した」
「さすがはベルチカ君だ。いちばんに試験を通っただけのことはある」
上級生の先生方が、後ろの方に座っていた女の子を褒める。
ただ、近くに居た生徒が囁く。
「(またあの子? 平民の癖に生意気ね)」
「(読めばいいだけの魔法なんだから誰でもできるわよね)」
私にはそう言っていたのが聞こえた。あの女の子には聞こえてないと思うけど……。
よく見たら、その女の子は食堂でもひとりぼっちだったあの子だった。
それから皆は詠唱を練習し、ようやく次に成功させたのはロゼリアさん。他の子も続く。
私はと言うと、火の魔法が怖くて唱えられないで居た……。
「どうしました? アンリエットさん。ぜんぜん唱えていないようですが、読み方が分かりませんか?」
エスラ先生が話しかけてきた。
「いえ……その……火事になったらって思うと……」
すると、エスラ先生が私の肩に手を置く。
「大丈夫。ここには先生方がついています。だから、安心して詠唱なさい」
「…………はい……」
私が詠唱を始めると、エスラ先生は得心したように頷く。
ただ、詠唱を終える前から、パリ――と乾いた音が響いた。
「なに屈みこんでんだ、アンリ。頭まで抱えて」
「いや……」
声が聞こえたけど、エスラ先生が言った通り木の板に集中する。そして――
「――火よ、目覚めよ!」
パァン!――大きな音が弾けた。同時に、私の前を黒い何かが覆った。
「なんだ? 何が起こった!?」
「ほらな、やっぱりこうなった……」
「今の音はなんです、エスラ先生!」
野外教室が騒がしくなる。生徒たちも騒ぎ出した。だけどすぐ傍で掛けられた声は――
「大丈夫ですか? びっくりしましたね。大丈夫、私にも経験がありますから。あなたも才能に恵まれているのですね」
優しく私に語り掛けてきた。
「うわ……、割れて火が付いてる」
「大丈夫、すぐに消えますよ。それより、周りの子を見てあげてください」
エスラ先生が片手で私を抱きしめたまま、周りに指示を出していく。
先生は、ちゃんと私を護ってくれた。




