第13話 アンジュレ
「洗濯物は朝、一階で頼めるからね。リネンのシーツも洗ってもらえるけど、天気のいい日にした方がいいわ。そういえば王都じゃ裸で寝ないのね。あたし最初、びっくりしちゃった。慌てて襯衣の古着を買い足したくらい」
そう言って笑いながら、食堂に行く準備をするアノリ。
「――部屋の鍵は無くさないようにね。魔法でも開けられるけど、扉の前で開錠の呪文を使うのはマナー違反だから」
廊下へ出ると、アノリさんは来た時とは反対方向へ向かう。私が戸惑っていると――
「――食堂へは裏からの方が近いから。あと、お手洗いもこっち側なの」
ふと、さらに上階へ上るちょっと狭い階段が、廊下の途中にあったのが目に入った。
「……この階段はどこへ繋がってるんですか?」
「階段?…………階段なんてどこにあるの?」
不思議なことを言うアノリさん。私が指差しても、まるで目の前の階段が見えないかのように言う。
眉をひそめたアノリさんが通りすぎていくので、私もそれ以上は何も言わなかった。
◇◇◇◇◇
食堂には既に、新入生と相部屋の上級生たちが、ほとんど集まっているようだった。見渡すと、前の方の席――さっき上級生たちが説明をしてくれていた辺りに人だかりができていた。
私が後ろの方の席――女の子が独りで座っている、その傍の席へ着こうとしたところ、アノリさんに袖を引かれて前の方に座らされた。
「私、剣士の祝福を授かれるのですか!?」
「どおりで! ユイリスは身体を動かすのが得意だもんね」
「すごい、私の祝福も見てくださいませんか」
人だかりの真ん中には、さっきのロゼリアさんが居た。
私が興味を持ったのに気が付いたのか、アノリさんが――
「新入生は大祝福のときは生まれてなかったものね。まだ大賢者様から祝福を授かってないなら気になるよね」
「大祝福……ですか?」
「そう。知の化身、アンリット様が王都の全ての人に祝福をもたらしたの。それが大祝福」
「そうなのですね」
「ロゼリア様、他の人の祝福がわかるんだって。夏の入学試験の時に大騒ぎになったの。知の化身の生まれ変わりだって言われて、入学前から名前が知れ渡ってたんだよ」
「……知の化身の生まれ変わりであれば、他の人の祝福がわかるのですか?」
祝福がわかれば、お母さまにも喜んでもらえるかな――と、私は思った。そこへ――
「あなた、珍しい黒髪よね。私と同じ……」
声を掛けてきたのは、なんとロゼリアさんだった。
ほんとに――と、周りの生徒たちも呟く。
「あの……前はもっと茶色かったのですが、だんだん黒くなってきたのです……」
「そうなのね。それで賢者の祝福があったなら、あなたまで知の化身の生まれ変わり――なんて持てはやされてたかもしれませんわね」
「私の祝福、見えるのですか?」
ロゼリアさんは、私の頭の上に目をやる。
「う~ん、それが…………不思議なことに、あなただけ、祝福が見えないの。こんなこと、今までなかったのよ? 何も祝福が書かれてなくて……」
「え…………」
言葉を失くしてしまった。祝福は神様からの賜り物。誰もがひとつずつ持って生まれているとお母さまから聞かされていた。それが無い…………。
「御安心なさい。きっと神様が授け忘れたのね。あなたが良い行いをしていれば、いつかきっと授けてくださるはずよ」
はい――と返事をしたけれど、私は上の空だった。周りの皆の私を見る目が、憐れみを帯びているかのようだった。そして……
そして、私を見下ろすふたつの眼。背の高い、侍女が私を見下ろしていた。その鋭い目つきも恐ろしかったけれど、何よりもその顔。顔半分を、酷い火傷の痕のようなものが覆っていた。
ひっ――と短い悲鳴をあげる。
「うちの侍女がどうかした?」
「……ごめんなさい。ちょっとびっくりしてしまっただけで……謝罪いたします」
私はそう言って視線を下げた。
「カネラはちょっと目つきが鋭いけど、怖くはないわ。――ね?……カネラ? どうかした?」
「…………いえ、何でもございません、ロゼリア様」
静かにそう返したカネラという侍女。だれも火傷痕のことは気にしていなかった。私が悪い。
◇◇◇◇◇
その後、食事を取った。波波という練り物で、学院の名物だと説明してくれた。
5年ほど前、小麦粉をこねるのに魔法を使って楽をしようとした女生徒がいたけれど、綺麗な敷物状にはならず、折り重なるように波打ってしまったらしい。女生徒は、失敗してしまった練り物を使って、冗談半分で作った料理を教師のひとりに押しつけたところ、教師は絶賛したそうだ。
その波打つアンジュレが、挽肉の赤いソースと、小麦粉の白いソースを上下に分ける。白いソースの下には菊苦菜が敷いてあり、赤いソースの上にはチーズが香ばしく香る。ナイフで切って口へ放り込むと、舌の上でそのふたつのソースが混ざり合い、少しだけ沈んでしまった私の気持ちを、柔らかく解きほぐしてくれた。




