第4話「虚の精霊、名を問う」
翌日、王立魔導学府グラン・アカデメイアは騒然としていた。
精霊契約科の各教室では、不可解な異常が相次いで発生していた。
精霊術師たちが呼び出した精霊が、一様に同じ反応を示していたのだ。
――「名を問う」
契約されたはずの精霊たちが、一斉に契約者の名前ではなく、**「名を隠した存在」**に対して問いかけていた。
「この地に、名を持たぬものがいる」
「なぜ、名もなく、座す」
「我らは知っている。世界の記録に記されざる存在――それは、誰だ」
精霊たちは威嚇でも反抗でもなく、畏怖に満ちた声で“何か”を探していた。
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その異変の震源は、言うまでもなく――澪だった。
彼女は特別課程における沈黙の個室で、魔導学長直属の審問を受けていた。
「君の精霊契約……いや、君の“存在”そのものが、世界記録に乱れを生じさせているのだよ」
老いた学長――ラザル=フォン=クローネは、呪符を散らした卓上で言った。
「通常、精霊は記録に基づいて存在する。だが君に対しては、“記録が読み取れない”と応えている」
「……私には、契約の意志などなかった。あれは精霊のほうが勝手に――」
「だから異常なのだよ。君は、記録上、精霊と契約していないにも関わらず、彼らが跪いた」
ラザルの声は震えていた。それは怒りではない。理解を超えた存在への畏怖だった。
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一方、その頃。学内の霊性観測塔では、分析術士フェルスが震えていた。
「どういうことだ……この魔力波形……**“記録されていない存在”**が、確かに実在してる……?」
彼が解析していた魔力波形には、赫刃を通して微かに放たれた、定義不能の干渉波が刻まれていた。
それは、存在しているにもかかわらず、“存在しないもの”として世界に認識されるという逆理。
それが、澪と赫刃・無明の持つ“共鳴”だった。
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夕暮れ時、澪は学内の神殿区画へと呼び出された。
そこには、学院の主契約精霊の一柱――虚の精霊・エルフアインが降臨していた。
虚空に佇む白銀の人影。
その顔も輪郭も曖昧で、誰が見ても同じ姿には見えない。
精霊は澪を前にして、深々と頭を垂れた。
「お前に問う。“名”を持たぬ者よ」
「その赫き刃と共に、幾星霜を越えた“記録外”の魂よ」
「汝の真名は、いずこに」
澪は答えられなかった。
だが、胸の奥で、赫刃が共鳴する。
「……私の名は、澪。クローデル家の末娘」
「否。“定義された名”ではない。お前自身が持っていた、“忘却の名”を問うている」
その瞬間、澪の視界に閃光が走った。
――無数の死。
焼かれる城。
血に濡れた笑み。
喉を切り裂きながら舞う自分。
そして、赫刃の声。
「――お前の名は、酒呑童子」
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だが次の瞬間、全ての映像は切断された。
赫刃が、記憶の断片を再び“斬り捨てた”のだ。
澪はがくりと膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。
精霊は静かに言った。
「……いずれ、お前の“真名”は、世界を裂くだろう」
「我は、それを見届けよう。“再誕の契り”として」
「名を得ぬ者よ。我が主はお前だ」
その宣言と共に、契約は完了した。
だが澪には、その意味が理解できなかった。
ただ一つだけ、確信があった。
――自分は、“名を持たぬ者”として、生きている。




