【第2章 第14話:名に触れるな、声に出すな】
澪=クローデル。
その名前は、もはや学園で**声に出してはいけない“禁句”**となっていた。
教員たちは口を噤み、記録官は記すことを放棄し、
生徒たちはその名を――**「あの方」「赫ノ令嬢」「彼女」**としか呼ばなくなっていた。
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発端は、ひとりの男子生徒だった。
廊下でうっかり、澪のことを「クローデルさん」と口にした瞬間。
彼の顔が強張り、言葉が途切れ、足元に崩れ落ちた。
「名……が……誰……だった……?」
瞳の焦点は合わず、彼は、“名前に触れた記憶”ごと意識を落とした。
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続いて別の生徒が、授業中に「澪」と呟いた。
その者は、その瞬間から――言葉を喋れなくなった。
医学的な診断では異常はない。
声帯も、脳の損傷もない。
ただ、“言語を定義する回路”そのものが、名を呼んだ瞬間に焼かれたのだった。
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「名前を呼ぶな」
「その存在に“触れるな”」
「赫ノ令嬢とは、言霊すらも拒む存在だ」
そう、学園内に**“澪に関する名の禁忌”**が静かに定着していった。
もはや、彼女の名を知ることは――“命と引き換え”の行為だった。
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学院長アルシェは、その事態を前にしてさえ、静かにこう呟く。
「彼女は、記録されぬ者にして――名を持たぬ者。
ゆえに、世界の“言葉”すら、彼女に通用しなくなる」
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それでも。
ただひとり――ティナ=フェルメールだけは、変わらなかった。
彼女は、いつも通り。
「澪さん」
と、呼んだ。
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周囲の生徒が凍りつく中――
何も起きなかった。
ティナは無傷。記憶も、意識も、消えない。
ただ、澪の目が――わずかに見開かれた。
「……どうして、呼べるの?」
「それが、わたしにとっての“あなたの名前”だから」
「それ、もう何回も言ってる」
「うん。でも、澪さんが“毎回ちゃんと聞いてる”のも知ってる」
その瞬間――赫刃が、ティナの存在を受け入れたように、沈黙した。
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澪は、自分の胸元をそっと押さえる。
誰にも触れられない自分。
誰にも名を呼ばせない刃。
けれど、ティナの声だけが、胸に届く。
「……ティナ。
あなたの中の“澪”って、どんな人?」
「とっても冷たいけど、とっても優しい人」
ティナの言葉は、世界のどんな記録術よりも――
彼女の存在を正確に“定義”していた。
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その夜、澪は赫刃を抱えながら、空を見上げた。
名前を持つこと。
記録に残ること。
誰かに呼ばれること。
それらの全てが、かつての“死”に繋がっていた。
けれど、今――“呼ばれることの温かさ”だけが、ほんのわずかに、胸を震わせていた。




