【第2章 第13話:名なき崇拝】
澪=クローデルという存在は、もはや“名前”を超えて広がり始めていた。
誰も彼女のことを記録できない。
呼べば名を失い、近づけば感情が歪み、
想えば――その“想い”そのものが燃え尽きる。
それでも――人々は、澪を知ろうとするのをやめられなかった。
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ある日の昼下がり。
学園の礼拝堂に、奇妙な現象が起こった。
祭壇に捧げられていた聖銀の像が、
誰にも触れられぬまま、赤黒く染まった。
そしてその像の額に、誰が描いたとも知れぬ“二本の角”の印が浮かび――
「赫ノ女神」
と、呼ばれるようになった。
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「澪さまを“女神”として扱う宗派ができたらしい」
「見た目は人なのに、人ではない存在――だって、“記録に残らない”んだもの」
「この世に存在しながら、誰にも定義されない。それってもう、“神”だよ」
生徒の間で、ささやきが広がる。
最初は冗談だった。
だが――それは、異端の信仰へと変貌していく。
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廊下の片隅に花が捧げられる。
澪の通った席には、魔導書の切れ端が置かれる。
記録を焼かれた生徒が、無言のまま“彼女を崇めるように”見つめている。
それは、恐怖ではなかった。
羨望でもない。
――盲目的な、信仰だった。
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澪は、それを見ても、何も言わなかった。
教室の窓際。
そこにただ、座り続けるだけ。
周囲に花が積もり、香の煙が漂い、
それでも彼女は動じない。
まるで――自分が神であることすら、どうでもいいかのように。
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だが、ティナだけは違った。
「……ねえ、澪さん。あなた、今――“誰かの偶像”にされてるの、気づいてる?」
「気づいてる。でも、止められない」
「嫌じゃないの?」
澪は答えなかった。
ただ一言――
「それでも、名前を呼ばれるよりはマシ」
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ティナは少しだけ黙ってから、優しく言った。
「……私はね、崇める気も、信仰する気もないよ」
「それは、“否定してる”ってこと?」
「ううん。わたしはただ、“あなたを見てる”だけ。
だって、あなたは“澪さん”だから」
その言葉に、澪の瞳が――ほんの僅かだけ、揺れた。
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その夜。
澪は、ひとり図書館の裏庭に立っていた。
空には月が浮かび、足元には、供えられた無数の花束。
「……私が“神”なんて、滑稽だね」
赫刃は黙していた。
だが、風に乗って届いたティナの声が――
澪の背に、確かに届いていた。
「神じゃなくていい。
あなたは、“ただの澪”で、いてくれれば」




