【第2章 第9話:“魔導の塔”に咲く赫ノ異物】
それは、ほんの小さな異変から始まった。
澪=クローデルが学園に現れてから、
魔導塔の第3階層――高等課程の空間に、
魔力の“よどみ”が報告されるようになった。
•
「教室の座標記録がズレている」
「結界術式が1ミリ単位で歪んでる」
「転移魔法陣の出力が不安定化している」
最初は小さな誤差にすぎなかった。
だが、それは確実に“ある一点”に収束していた。
そう――澪の教室を中心に。
•
校内の空間結界部門は緊急調査を開始。
調査員は、魔導測定術を用いて塔の構造解析を行い――驚愕する。
「空間の魔導線が、“彼女の周囲で吸い込まれている”……」
通常、魔力は塔全体に均等に流れる。
だが、今は違った。
まるで、塔そのものが――澪に“跪いている”ようだった。
•
そして。
第4階層・魔導演習棟の天井に、
突如として“赫い花”のような魔力模様が咲いた。
誰が描いたわけでもない。
術式でもない。
魔力構造そのものが、自律的に形を成した結果だった。
それは、魔導学園始まって以来、記録されたことのない現象。
教員のひとりが、その模様を“無意識に”つぶやく。
「……赫ノ花……」
言葉は広まり、名もなき模様は、
やがて学園全体で**“赫ノ令嬢の証”**と恐れられるようになる。
•
その夜、学院長アルシェ=グレイヴは、
塔の最上層――第6階層の禁室にて、魔導記録板を開いていた。
板には、奇妙な空白が刻まれていた。
他の生徒の情報がびっしり記された中――
ただひとつ、中央に“記されなかった存在”があった。
名前:記録不能
所属:不定
等級:分類外
観測者:全不定
注記:……赫ノ異物
彼はそっと呟く。
「この塔は、“記録のための塔”だ。
だが、澪=クローデル嬢の存在は、
塔そのものに“記録を拒む自由”を思い出させてしまった」
•
同じころ。
澪は特待区画の部屋で、窓の外を眺めていた。
塔の壁面に浮かぶ、赫い魔力模様が月光に照らされている。
まるで、夜空に咲いた一輪の花のように。
ティナが隣にいた。
「ねぇ……あの花、あなたのだよね?」
「そうみたい。でも、私は望んでない」
「じゃあ、望んでないのに咲いたんだ?」
「……そう。だから、もっと気持ち悪い」
ティナは、少しだけ黙ってから、ぽつりと呟いた。
「でも、綺麗だよ」
その言葉に、赫刃が鞘の中で微かに響く。
それは――“嫌悪”でも“拒絶”でもなく、
まるで、「それもひとつの定義」と受け入れたような――そんな音だった。
•
澪は目を細めた。
「……世界は、私を名づけたがってる。
私は、そのたびに“名前を斬ってきた”のに」
「じゃあ、今のその名前――“赫ノ花”は、斬る?」
「……まだ、決めてない」
それは、澪が初めて口にした、“否定ではない”選択肢だった。




