【第2章 第8話:ティナ、澪の手を取る】
澪=クローデルの存在は、
“記録に記されない”という異常性をもって学園全体を揺らし続けていた。
教師は名を忘れ、生徒は彼女の表情すら曖昧にしか思い出せない。
それでも――ただひとり。
彼女を“澪”と呼びつづける少女がいた。
ティナ=フェルメール。
平民出身の首席入学生にして、空間魔術の天才。
その目は、澪を一度たりとも見失わなかった。
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午後の講義が終わったあとのことだった。
澪が中庭の石畳にひとり腰掛けていると、
陽光をまとったような声が、すぐ隣から降ってきた。
「……ひとりでいるの、好き?」
「別に。“誰かといる必要”がないだけ」
「そっか」
ティナは、何の迷いもなく澪の隣に腰を下ろした。
魔導学園の生徒たちは、彼女の半径3メートルには近づこうとしない。
だがティナだけは、その距離を平然と越えてくる。
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「ねえ、澪さん。わたしね、あなたと友達になりたいの」
唐突だった。
だがその声は、どこまでもまっすぐだった。
澪は少しだけ視線を向けた。
「……どうして?」
「“どうして”って聞かれると、うまく説明できないけど……」
ティナは指を絡め、空を見上げる。
「たぶん、あなたが“誰とも繋がっていない”って思ってるのが、ちょっとだけ……寂しそうに見えたから」
「……」
「もし違ったらごめん。でもね、
澪さんが“わたしにだけ見える”っていうの、すごく……嬉しいと思ったんだ」
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その言葉を聞いたとき。
澪の中で、何かが“揺れた”。
それは赫刃ではない。
過去の記憶でもない。
もっとずっと――幼い、微細な、
“人としての温度”のようなもの。
彼女はほんのわずか、まばたきを遅らせた。
「……私は、誰かとつながると、壊してしまうよ」
「それでもいい。壊れても、わたしはあなたを、ちゃんと覚えてる」
ティナはそう言って、澪の手を、包むように握った。
それは、澪がこの世界で初めて――
**自分から拒まなかった“接触”**だった。
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赫刃・無明が、澪の腰で微かに震える。
それはいつもの“拒絶”でも“警告”でもなかった。
まるで――
**“少し、眩しいな”**とでも言いたげな、
そんな、柔らかな振動だった。
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その日の夕方、澪は特待区画の自室に戻り、
机に向かってひとつの文字を書いた。
――「ティナ」
たった一文字。
だが、赫刃はそれを斬らなかった。
斬るべき記録ではないと、認めたように。
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澪は思った。
「……この世界で初めて、“名前を刻んでもいい”と思えたかも」
それが、彼女にとってどれほど大きな一歩だったか。
誰も知らない。ティナさえも――。




