【第2章 第6話:虚ろなる教師たち】
それは、異変というにはあまりに静かだった。
澪=クローデルが学園に現れてからというもの、
教師たちの間で――“名のない沈黙”が広がっていた。
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授業中。
「では、次に――ええと……」
教官フェリクス=ローヴェの言葉が止まる。
視線は、教室後方に座る黒髪の少女へ向いていた。
だが、その名前が――思い出せない。
「……その、生徒。答えてみろ」
少女は黙って立ち上がる。
まっすぐに、フェリクスを見つめる。
その紅い瞳に――何かを呑まれたように、教官は言葉を失う。
「……よ、よし。次の項目に移る」
教師としての威厳が崩れていた。
彼は、自分が誰に話しかけ、何を質問しようとしていたのか――分からなくなっていた。
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同様の現象は、他の授業でも起きていた。
・生徒出席表に「空欄」が生じる
・名前を呼ぼうとすると、舌が重くなる
・教科書を開くと、澪の机の周辺だけ“文字が薄れる”
まるで、彼女の周囲にある魔力場が、“言語”と“記録”そのものを退けているようだった。
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そして、ついに――
数名の教師が“記録錯乱”の症状を訴える。
「……すみません、昨日の授業記録が思い出せないのです」
「この評価表、誰のものか分からなくなって……」
「彼女の名前を、確か……確か……あれ?」
学院内の記録管理部にて、緊急会議が開かれる。
報告書の結論は、ただひとつ。
「澪=クローデル嬢の存在が、魔導記録網に“観測齟齬”を引き起こしている可能性が高い」
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その報告を受け、禁書図書館の管理者・ヘンリクス=マージュが動いた。
彼は、かつて赫刃を“封印した”術師の末裔。
澪の周囲に漂う呪的干渉を、最も早く察知していた。
そして、ある実験を実行する。
澪の席に、一冊の空白書を置く。
観測魔法を施した特殊な魔導書。
近くの魔力を“文章化”する性質を持つ。
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翌日、書を回収し、ページを開いた。
そこに記されていたのは――
「名が近づいた。拒絶された。再定義を要求。
拒絶された。消えた。
美しい。けれど、怖い。
……呼びたい。けれど、呼んではいけない。」
書は――“澪の周囲にいる者たちの記憶の断片”を吸い取っていた。
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その記録を読んだヘンリクスは、深く息を吐き、ひとことだけ呟いた。
「彼女は……“世界にとっての例外”ではない」
「“世界が彼女を定義できない”のだ」
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その夜。澪の部屋。
彼女はベッドの上で、魔導書を読んでいた。
ページには古代の術式。だが、彼女はそれをスラスラと読み解く。
「記録されるって、やっぱり窮屈だね」
赫刃が、鞘の中で、ぴくりと震える。
「でも、私が存在するってことを、
誰かに“記録されたい”と思ってる私がいるの、ちょっと面倒くさい」
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廊下の先で、ノックの音。
「澪さん、明日また一緒に登校しよ?」
ティナの声。
彼女だけは、“名を忘れない”。
澪は、目を伏せる。
「……名前、呼んでもらえるのって、意外と……うるさいんだよ」
でも――それでも、心のどこかが、ほんの少しだけ、あたたかかった。




