【第1章 第9話:赫刃の夢】
夜。
月が雲に隠れ、窓からの光が遮られた瞬間、澪は目を閉じたまま、赫刃を胸に抱く。
夢の中。
彼女は、“どこでもない場所”に立っていた。
白と黒の砂。
天空に浮かぶ赤い輪。
その下、幾千幾万の“骸”が折り重なって、荒野のように広がっていた。
澪の手には、赫刃・無明があった。
だが、それは今のものよりも“巨大”で、“禍々しい気”を放っていた。
(これは……何?)
風がない。
音もない。
ただ、“死”と“忘却”だけが、空気に満ちていた。
そこに、誰かが立っていた。
――一人の女。
長く黒い髪。
額から伸びる二本の角。
真紅の瞳。
そして、赫刃を手に持ち、無表情で空を睨む――
鬼。
澪は、その女を知っていた。
(あれは……私)
名前は思い出せない。
でも確かに知っていた。
その女が、世界を壊した。
定義を斬った。
名前を、記録を、人を、神を、すべてを消した。
そして、ただ一人残った彼女自身が――赫刃に自分の“名”を斬らせた。
だから、今の澪はここにいる。
名も、記憶も、過去もない“新たな器”として。
•
夢の中で、澪の前に赫刃が浮かぶ。
鞘を割り、刃が音もなく抜ける。
刃が、澪に問いかける。
「お前はまた、斬るか?」
澪はその問いに、首を横に振った。
「……まだ、斬らない」
赫刃は少しだけ、揺れた。
「ならば、刻め。次に斬るべきものを」
その言葉とともに、夢の空が裂ける。
――“愛”。
――“信仰”。
――“国家”。
――“神”。
――“家族”。
――“世界”。
それらすべてが、赫刃によって切り裂かれていく未来の映像。
澪はその中に、“ティナ”という少女の微笑みだけを見た。
(誰……?)
目覚める直前、澪は最後に、夢の彼女――前世の鬼が、自分自身に呟くのを聞いた。
「退屈だった」
「だから私は、全部を殺した」
「でもそれだけじゃ、足りなかった」
そして、赫刃が最後に告げる。
「ならば今度は、“愛”を斬れ」
澪は、目を覚ました。
汗ひとつかいていなかった。
ただ、胸元で赫刃が静かに震えていた。
それは、彼女の未来に刻まれた“運命”が、既に回り始めていることを告げる震えだった。
澪は、小さく囁く。
「私は……何も望んでいない。
それでも、私が斬らなきゃならないなら――」
そこまで呟き、言葉をやめた。
その先の言葉を口にすれば、本当に“そうなる”気がしたから。
だから、澪はその夜も静かに目を閉じた。
夢の続きを、もう一度見ないために。
だが赫刃は、眠っていなかった。
•
それはまだ、“始まりの夢”にすぎない。
この世を斬る者の目覚めは、静かに――だが、確実に近づいていた。




