第二十八話:始まりの地と、ヒロインたちの「真実の誓い」
深い山中にひっそりと佇む、半ば朽ちかけた木造の建物――ここが爺ちゃんが明治時代に指輪を完成させた『彫金師の工房跡』だった。
月明かりだけが差し込む静寂の工房。その中央に鎮座する古びた作業台の前に、俺と六人のヒロインたちは立っていた。
「ここだね……。この場所で宗次郎師匠は小夜さんの魂を指輪に宿し、魔除けの細工を施したんだ」
蓮が神妙な面持ちで息を呑む。
俺の左手小指の銀の指輪は、今や光をほとんど失い、氷のように冷え切っていた。小夜の幻影も透けきっており、今にも夜風に浚われて消えてしまいそうだ。
『航平様……皆様……。私などのために、ここまで……』
消え入りそうな小夜の声。
「小夜、余計な喋りはナシだ! 今から俺たちが、お前を人間として引っ張り出してやるからな!」
俺は小指から銀の指輪を外し、作業台の真ん中にそっと置いた。
指輪から力が抜け、俺の耳に響いていた「本音を聴く力」の余韻も完全に途絶える。今の俺は、ただのどこにでもいる高校生だ。指輪のお助け機能も、あやかしの加護もない。
「蓮、誓いの儀式はどうやるんだ?」
「簡単だよ。指輪の力やご利益に頼るんじゃない。ただの『渡辺航平』という一人の男を、指輪なしでどれだけ真剣に愛しているか……各自が指輪に向かって、心からの本音を叫ぶんだ」
蓮の言葉を受け、最初に一歩踏み出したのは美沙だった。
幼馴染の彼女は、真っ直ぐに俺の目を見つめてから、指輪に向かって両手を握りしめた。
「私の番ね!……航平、最初は指輪の力で私に優しくしてくれてるのかなって不安だった。でも違った! 航平は指輪がなくても、いつだって私の困りごとに気づいて、一番に駆けつけてくれた! 幼馴染だから好きなんじゃない……渡辺航平っていう、カッコ悪くて泥臭くて、誰よりも優しいあんたのことが大好きなの!!」
――グワッ!
美沙の叫びに応えるように、冷え切っていた指輪から赤い情熱の光がぽっと灯った。
「次は私ですわ!」九条麗奈が前に出る。「九条家の誇りや家柄など関係なく、私をただの『一人の女の子』として救い出してくれたのは航平さん、あなただけでした! あなたの隣に立つ相応しい女になるためなら、私はどんな試練も越えてみせますわ!」
――シュイン!
麗奈の凛とした誓いに、指輪が気品ある黄金の光を放つ。
「私にも言わせてください!」白石がメガネの位置を直しながら、頬を赤らめて叫んだ。「渡辺くんが私の書いた物語を読んでくれたから……私の努力を見てくれたから、私は自分のことが好きになれました! 渡辺くんは私の、世界でたった一人のヒーローです!」
――ピカッ!
知性溢れる青い光が指輪を満たしていく。
「陸上部の私も!」「私もです……!」
新田と紬が同時に指輪の前に並ぶ。
「怪我で走れなくなって腐ってた私を、強引に前を向かせてくれたのは渡辺だ! 渡辺の隣を走るためなら、私はどこまでだって疾走れる!」
「渡辺くんが私の最初のファンになってくれたから、私は歌う勇気を持てました! 渡辺くんの心に届く歌を、一生歌い続けたいです!」
――ギラッ! ――キラキラッ!
躍動する橙色の光と、華やかな桃色の光が交差する。
「そして……最後は私だね」
神楽坂蓮が愛おしそうに俺を見つめ、指輪へと手を差し伸べた。
「偽りの呪いに囚われていた私を、命がけで殴り飛ばして救ってくれた。……もう男のフリをして心を偽る必要はないんだって教えてくれた航平に、私は一生の愛を捧ぐよ!」
――バチチチチッ!!
六人のヒロインたちの、純度100%の「生の感情」と「愛の誓い」が、工房全体を包み込むほどの爆発的な眩い光となって指輪に流れ込んでいく!
「すごい……! みんなの想いが、指輪を満たしていく……!」
俺は胸を熱くしながら作業台へと駆け寄った。
そして、光り輝く指輪へと、俺自身の「最後の誓い」をぶつけた。
「爺ちゃん! 小夜! 俺は指輪の力に頼ってモテたかったわけじゃない! 俺を信じてくれたこの最高のお姫様たちを……そして俺をずっと支えてくれた相棒の小夜を、全員幸せにするために俺は強くなる! 俺の命も、愛も、全部こいつらに捧げてやるよ!!」
――ドォォォォォンッ!!!
工房の天井を突き破るほどの、まばゆい白銀と黄金の光柱が立ち昇った。
指輪に刻まれた古い文字が激しく明滅し、指輪そのものがサラサラと光の粒子となって崩壊していく。
『……あ……あぁぁぁぁ……っ!』
光の渦の中心で、小さく透けていた小夜の姿が、まばゆい光を纏って膨らんでいく。
実体を持たないあやかしの身体に、生きた人間の「温度」と「鼓動」が宿っていくのが目に見えて分かった。
「小夜ーーーーっ!!」
俺は光の中に飛び込み、落ちてくる小夜の身体を、両腕でしっかりと受け止めた。
ズシッ――と、腕に伝わる確かな少女の重み。
そして、俺の胸元に押し当てられた彼女の頬から伝わる、温かい温もり。
「……あ……航……平……様……?」
ゆっくりと開かれた小夜の瞳。
そこにはもう半透明の影ではなく、確かにこの世に存在する、実体を持った一人の可憐な女の子の姿があった。
「小夜……! お前……受肉(人間に)できたんだな……っ!」
「あ……私……手がある……胸が……温かいです……っ!」
小夜は自分の手を何度も握り締め、ボロボロと大きな涙を溢れさせた。
「航平様……! 私……人間になれました……! 航平様に、触れられます……っ!」
小夜が俺の首にぎゅっと抱きついてくる。その柔らかな感触と温もりに、俺も涙を堪えきれずに抱き返した。
「やったな……小夜……! やったぞ……!!」
「「「「「「よかったぁぁぁぁぁっ!!」」」」」」
美沙たちヒロインが歓声をあげ、俺と小夜を取り囲むように抱きついてきた。
指輪は消滅した。だが、そこには指輪の力などを遥かに超えた、七人の少女たちとの「絶対の絆」が確かに完成していたのだった。




