第二十七話:消えゆくあやかしと、指輪の真の言葉
神楽坂蓮が『正妻宣言』をし、学校中を巻き込んだ前代未聞の修羅場から数日。
俺の放課後は相変わらず賑やかだった。美沙、白石、新田、紬、麗奈、そして蓮の六人が、日替わり……というよりももはや全員乱入気味に俺の周りに集まり、にぎやかな『放課後シェアリング』が繰り広げられていた。
「航平、今日こそは二人でゆっくりカフェに行くんだからね!」
「美沙さん、順番を守ってください。今日は私が渡辺くんに新刊の解説をする日です」
「おいおい、私も陸上部用の買い出しに付き合ってもらう予定なんだが?」
「あの……クレープ、半分こしたいです……」
「お黙りなさい! 金曜日は我が九条家のサロンへご招待する約束になっておりますわ!」
「フフン、土曜日の枠は私のものだからね! 宗次郎師匠の思い出の場所を航平と巡るんだ!」
六人のお姫様たちによる、愛おしくも苛烈な争奪戦。
かつて孤独だった俺の日常は、彼女たちの弾けるような笑顔と、嘘偽りのない「本音」で満たされていた。
(平和だなあ……)
俺は心底そう思い、左手の小指に嵌まった銀の指輪をさすった。
……だが、その指輪に触れた瞬間、俺の手の平に伝わってきたのは、以前のような温かい脈動ではなかった。
——冷たい。
氷のように冷たく、どこか頼りなく細い微振動。
(……え?)
俺は違和感を覚えて眉をひそめた。
『……航平様……』
脳内で、蚊の鳴くような儚い声が響いた。あやかしの少女――小夜の声だ。いつもは凛としてどこかふてぶてしさすら漂わせる彼女の声が、今は消え入りそうなほど弱々しい。
(小夜!? どうしたんだよ小夜! 声が小さくて……)
『申し訳……ございません……。航平様が皆様を救い……指輪の「魔除けの力」を極限まで解放されたことで……この指輪に留まっていた私の妖力が……尽きかけております……』
(っ……!? 妖力が尽きかけてる……!?)
『私は……元々、明治の世で命を落としたあやかしの残滓……。宗次郎様が私を指輪に繋ぎ止めてくださっておりましたが……指輪の役目が終わりに近づき……私は間もなく……完全に消滅いたします……』
(消滅……!? 冗談だろ!? 小夜が消えるなんて……っ!)
「航平……? どうしたの、顔色が悪いよ?」
美沙が俺の異変に気づき、心配そうに顔を覗き込んできた。白石たちも一斉に会話を止め、俺を取り囲む。
「あ……いや……」
俺が胸を押さえて言葉を詰まらせていると、腕を組んで俺の隣に立っていた蓮が、琥珀色の瞳を鋭く光らせた。
「……航平。小夜さんの気配が、透けかけているんじゃないか?」
「蓮……お前、気づいてたのか……!?」
蓮は静かに頷き、制服のポケットから古びた和紙のメモを取り出した。
「宗次郎師匠から預かっていた手記だよ。……師匠はね、最初から知っていたんだ。この指輪の『本音を聴く力』は、指輪に宿る小夜さんの力そのものだってことを」
蓮がメモを開き、真剣な眼差しで俺とヒロインたちを見つめた。
「指輪が発する力は、傷ついた人間の心を救うごとに強くなる。だが……その対価として、指輪の器である小夜さんの存在は摩耗し、やがて指輪ごと消滅してしまうんだ。……師匠は、孫である航平に指輪を託す時、ある『願い』を込めていた」
「爺ちゃんの……願い……?」
「『指輪の呪い(あやかしの力)』を解き放ち、小夜さんをひとりの人間として実体化させ、この世に救い出すことだ」
「「「「「小夜さんを……人間に!?」」」」」
美沙たちが息を呑む。
「どうすればいいんだ蓮! 小夜を救うにはどうすればいい!?」
俺が蓮の両肩を掴んで問い詰めると、蓮はメモの末尾を指差し、はっきりと告げた。
「爺ちゃんが明治時代に、この指輪を完成させた『始まりの地』――山奥にある古びた『彫金師の工房跡』へ行くんだ。そこで……航平と、航平を真実愛するお姫様たちが、指輪に『真実の誓い』を捧げなければならない」
「誓い……?」
「指輪の力(お助けの呪い)に頼るのではなく、ただの『渡辺航平』という一人の男を、指輪なしでどれだけ深く愛しているか。その純度百パーセントの『生の感情』を指輪に満たすことで、呪いは解け、小夜さんは人間として受肉(実体化)できる。……だが」
蓮は少し言葉を濁し、悲しそうに目を伏せた。
「もし……誓いの純度が足りなければ、指輪は砕け散り、小夜さんは二度と戻らない」
静まり返る教室。
俺の小指の指輪から、すうっと小夜の姿が幻影となって浮かび上がった。
着物姿の小さな少女。その身体はすでに半透明で、向こう側の景色が透けて見えている。
「航平様……どうか、お気になさらないでください」
小夜は儚く微笑み、俺の頬に触れようとした。だが、彼女の指先は空を切り、温もりすら伝わってこない。
「私は元より……死にゆくはずだったあやかし。宗次郎様と航平様という素敵な男お二人にお仕えできただけで、私の人生……いえ、妖生は幸せでした。皆様と航平様の絆を見届けられた今、私は満足でございます……」
「満足なわけあるかバカヤローっ!!」
俺は叫んだ。
「お前はいつだって俺の小指で、俺を励ましてくれただろ! 雨宮の時も、かぐやの時も、蓮の時も……俺と一緒に命がけで戦ってくれたじゃねえか! お前は俺の相棒で……俺の大事なお姫様の一人なんだよ!」
「航平様……っ」
小夜の瞳から、透明な涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「航平の言う通りよ!」美沙が力強く前に踏み出した。「小夜ちゃんを消させなんてしない! 私たち、行くわよ!」
「ええ」白石がメガネの奥の瞳を強く光らせる。「渡辺くんが大切に想う存在なら、私にとっても大切です。誓いでも何でも、立ててみせます」
「陸上部の気合、見せてやるからな!」新田が拳を握りしめる。
「私……小夜ちゃんにも、私の歌を聴いてほしいです!」紬が胸に手を当てる。
「九条家のプライドにかけて、一人足りとも脱落などさせませんわ!」麗奈が誇り高く胸を張る。
「ふふ、宗次郎師匠の最後の宿題だ。僕たち全員で、100点満点を叩き出してやろうじゃないか!」蓮がニヤリと微笑む。
ヒロイン6人の力強い言葉と情熱。
消えかかっていた小夜の透明な身体が、彼女たちの言葉に反応し、かすかに黄金色の光を帯び始めた。
「みんな……ありがとな」
俺は左手の小指を固く握りしめた。
「行くぞ……爺ちゃんの『始まりの地』へ! 小夜を救い出して、みんなで最高のハッピーエンドを迎えるんだ!!」
「「「「「「おーっ!!!」」」」」」
六人のヒロインたちの叫びが、夕暮れの教室に力強く響き渡った。
小夜を救うため、そして指輪の「最後の真実」に辿り着くための最終決戦へ向けて、俺たちは走り出したのだった——!




