第二十六話:解き放たれた呪いと、七人目の正妻(?)宣言
「ぐあああああああっ……!」
豪雨が降り注ぐ店の軒下。黒い邪気が、蓮の右人差し指から不気味な黒煙となって吹き出していた。
指輪の呪いが、所有者である蓮の命を削り取ろうと喰らいついている。
「航平、ダメだ……! 離れろ……っ! この指輪は……僕(私)の身勝手な嫉妬が生んだ呪いなんだ……! 君まで巻き込まれる……っ!」
蓮が涙目で俺の手を振り払おうとする。
「黙って俺に掴まれてろバカ!」
俺は蓮の細い手首を絶対に離さず、強く握りしめた。
左手小指の銀の指輪を、そのまま蓮の右手の『黒銀の指輪』へと直接叩きつける!
「小夜! 力を貸せえぇぇっ!!」
『承知いたしました、航平様! 宗次郎様の真の教え……見せてやりましょう!』
脳内で小夜が叫ぶと同時に、小指から白銀の光が爆発的に溢れ出した。
じいちゃんの指輪の力――それは「人の本音を聴き、心に寄り添う力」だ。
対する蓮の『黒銀の指輪』は、「人の心を偽り、無理やり惹きつける力」。
偽りの力など、本物の愛と絆の前に屈して溜まるか!
「神楽坂! お前がじいちゃんを好きで、ずっと寂しかった気持ちは本物だろ! だったら……そんな呪いの指輪なんかに頼るな! 俺がお前の本音を、全部受け止めてやる!!」
俺の叫びに呼応するように、美沙、白石、新田、紬、麗奈……俺を信じてくれた彼女たちの温かい情熱が指輪を通じて白光の力へと変わり、黒い邪気を一気に押し返していく。
『……あ……あぁ……っ! 宗次郎師匠……航平……っ!』
蓮の胸の奥から、ずっと溜め込んでいた幼い本音が溢れ出した。
黒銀の指輪にヒビが入り、光の粒子となって砕け散っていく。
――パリンッ!
甲高い音とともに、蓮の指から黒い指輪が消滅した。
雨が嘘のように上がり、雲の隙間から美しい夕焼けの光が差し込んでくる。
「ハァ……ハァ……っ」
呪いから解放された蓮は、緊張の糸が切れたように俺の胸元へと倒れ込んできた。
「大丈夫か、蓮……」
「……う……うわああぁぁぁぁんっ!!」
蓮は俺のジャージの胸元に顔をうずめ、まるで迷子の子どものように大声をあげて泣き出した。
「バカ……バカ航平……っ! なんでそんなに優しいんだよ……っ! 酷いよ……こんなの、好きになっちゃうじゃんか……っ!!」
俺の胸をポカポカと小さな拳で叩く蓮。
指輪を通じて伝わってくるのは、もう偽りのない、純度百パーセントの甘い恋心だった。
「……たく、泣き虫な弟子だな、じいちゃん」
俺は苦笑しながら、夕空を見上げてそっと蓮の背中を撫でてやった。
◆
翌朝。
昨日の雨が嘘のような快晴の登校風景。
「おーい、航平!」
校門の前で美沙が手を振っていた。隣には白石、新田、紬、そして麗奈も揃っている。
「おはよう、みんな。早いな」
「当然ですわ。今日の放課後シェアリングは私の番ですからね」と麗奈が誇らしげに胸を張る。
その時――。
「おはよう、航平」
背後から、透き通るような涼やかな声が聞こえた。
振り返った全員が、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、神楽坂蓮だった。
相変わらず男物の制服を着ているものの、昨日に比べてどこか雰囲気が柔らかく、髪には小さな可愛らしいピンが留められている。
そして何より——俺を見るその琥珀色の瞳が、隠しきれないほどの愛おしさと照れを含んでいた。
「神楽坂くん……? なにか雰囲気が……」
白石が首をかしげる。
蓮はすっと俺の隣に歩み寄ると、何のためらいもなく、俺の右腕をぎゅっと自分の抱き枕のように抱きかかえてきた。
「「「「「ええぇぇぇぇっ!??!?」」」」」
ヒロインたちの悲鳴が上がる。
「ちょ、ちょっと神楽坂くん!? 男同士で何やってるのよ!?」美沙が慌てて俺と蓮の間に割り込もうとする。
「男同士? ふふ、何を言っているんだい、美沙さん」
蓮はニヤリと悪戯っぽく笑うと、ブレザーの胸元を少しだけ開けて見せた。
「僕は——ううん、私は、正真正銘の『女の子』だよ」
「「「「「はあぁぁぁぁっ!? 女ぁぁぁっ!?」」」」」
教室前に激震が走った。
白石はメガネを落としそうになり、新田は顎が外れそうになり、麗奈は扇子をポロリと落とした。
「そんな……あのイケメン転校生が……女の子……!?」
「航平! お前、知ってたの!?」美沙が俺の襟首を掴んで揺さぶってくる。
「あ、いや……まあ、最初から気づいてたというか……」
俺が気まずそうに目を逸らすと、蓮は俺の腕にさらに胸を押し付けるように密着してきた。顔を真っ赤にしつつも、キリッとした瞳でヒロインたちを見据える。
「昨日、私は航平に命も心も救われたんだ。だから決めたよ。宗次郎師匠の弟子として……そして一人の女の子として、航平の『正妻』の座は私がいただく!」
「「「「「正妻だとぉぉぉぉっ!??!」」」」」
「な、生意気な転校生ですわね! 航平さんを救った実績なら、私だって負けておりませんわ!」
「そうだぞ! ズルいぞ神楽坂! 抱きつくのは私の役目だ!」
「渡辺くんの腕……私だって抱きしめたいです……!」
「航平は私の幼馴染なんだからねー!!」
一瞬で大修羅場と化した校門前。
ヒロインたちが俺の左腕、右腕、後ろの服の裾を奪い合い、引っ張りだこ状態になる。
「ちょっとみんな待って! 俺の身体が千切れる!!」
俺の悲痛な叫び虚しく、指輪からは七人全員の怒涛のような「好き」と「負けたくない」の情熱が流れ込んできて、小指が熱狂的に脈打っていた。
『ふふ、航平様。大モテでございますね』
脳内で小夜が愉しそうにクスクスと笑う。
(笑い事じゃねえよ! 助けてくれ小夜!!)
「よし! ならば『放課後シェアリング』に私も混ぜてもらうよ! 土曜日は私が航平を独占させてもらうからね!」
「勝手に土曜日を作るなー!!」
爺ちゃんの形見の指輪から始まった俺のモテ期。
強力なライバル(男装美少女)まで仲間に加わり、俺のハチャメチャで甘すぎる高校生活は、さらに賑やかに、どこまでも続いていくのだった——!




