第二十四話:ボクっ子ライバルの勘違い猛攻と、放課後デートの乱入者
「さあ、渡辺航平。今日から僕と君の、死力を尽くした争奪戦の始まりだ」
翌日の登校風景。
校門をくぐった俺の前に、銀灰色の短髪を揺らした神楽坂蓮が立ちふさがっていた。朝の清々しい光を受け、モデルのような立ち姿で不敵な笑みを浮かべている。
女子生徒たちが「きゃあ、神楽坂くん!」「朝から眼福すぎる……!」と黄色い声を上げているが、俺の目線は自然と彼女(?)の首元や胸元にいってしまう。
(……うん。制服のブレザーでうまく隠してるけど、やっぱり全体的に華奢だし、立ち振る舞いが『男装少女』そのものなんだよな……)
昨日、うっかり視界に入ったシャツの隙間と、指輪を通じて流れてきた『私の方が……』という本音。
完全に『イケメンライバル』としてキメ顔をしている蓮だが、正体がバレていると知った俺からすると、もはや必死に背伸びをしている可愛い女の子にしか見えない。
「おい神楽坂、朝っぱらから校門で仁王立ちしてると邪魔だぞ」
「フッ、動じないフリか。だが、僕の攻勢はすでに始まっているよ」
蓮は人差し指の『黒銀の指輪』を誇示するように掲げ、自信満々に校舎へと歩き出した。
(……生温かい目で見守るしかないな、これ)
◆
だが、蓮の「完璧な男」としての化けの皮は、5時間目の体育の授業であっさりと剥がれかけることになった。
「よし、男子は体育館脇の男子更衣室で着替えろー!」
体育教師の号令で、男子生徒たちが一斉に着替え袋を持って移動し始める。
当然、俺も神楽坂の隣で着替え袋を持ち上げた。
「おい神楽坂、行くぞ」
「なっ……!?」
蓮が一瞬、瞳を大きく見開いて後ざさった。琥珀色の瞳が泳いでいる。
「な、何を言っているんだ渡辺航平! 僕が……僕のような洗練された者が、男子生徒の汗くさい更衣室などという野蛮な空間で着替えるわけがないだろう!」
「は? じゃあどこで着替えるんだよ」
「ふっ……僕は宗次郎師匠から授かった『特別な呼吸法』を用いて着替える。個室で精神を統一しながら着替えるのが僕のスタイルだ。君たち雑魚と一緒にしないでほしいね!」
早口でそうまくしたてると、蓮は着替え袋を抱えて、多目的トイレ(個室)へと猛ダッシュで逃げ込んでいった。
「……呼吸法で着替えってなんだよ」
「神楽坂のやつ、潔癖症なのかな……」
周りの男子たちが首をかしげる中、俺はハァと遠い目をした。
(呼吸法ってなんだよ……。ただの『女子の身体だから男子更衣室に入れない』だけじゃねえか。必死に嘘ついてるの、可愛すぎるだろ……)
◆
昼休み。事件はさらに加速した。
教室の隅で、蓮が『黒銀の指輪』を怪しく光らせながら、九条麗奈と新田遥に近づいて行ったのだ。俺は陰からその様子を観察することにした。
「やあ、九条さん、新田さん。二人で何のお話かい?」
蓮は壁にサッと肘をつき、いわゆる「壁ドン」の体勢で麗奈に甘い微笑みを投げかけた。
同時に、指輪から黒い霧のような怪しい波動がうっすらと放たれる。相手の感情を強制的に書き換え、魅了する『黒の邪環』の力だ。
「僕の瞳を見てごらん。渡辺のような冴えない男と一緒にいるより、僕の隣にいた方が、君はもっと輝けるはずだ……」
完璧なキザ男のセリフ。
蓮は「ふふ、これで僕の虜だ」と言わんばかりのドヤ顔を浮かべた。
……が。
「……あの、神楽坂くん?」
新田が心底面倒くさそうな顔で、蓮の腕をパシッと払いのけた。
「何勘違いしてんのか知らないけど、私、次の大会に向けて渡辺と一緒に買い出し行く約束あんだよね。邪魔しないでくれる?」
「なっ……!?」
固まる蓮。さらに麗奈が扇子を優雅にパチンと閉じ、冷たい一瞥をくれた。
「お退きなさいな、神楽坂さん。航平さんの魅力は、そのような上辺だけの甘い言葉や怪しい小細工などではありませんわ。泥臭く、命がけで私を救ってくださった彼の本物の優しさを知っている私に、そのような安っぽいお遊戯が通じるとでもお思いかしら?」
「~〜〜〜っ!?」
完全論破。
蓮の『魅了の指輪』は、航平と激しい絆で結ばれたヒロインたちには一切通用しなかったのだ。
「無駄ですわよ。それでは、ごきげんよう」
麗奈と新田が冷ややかに去っていく。
ぽつんと教室に取り残された蓮の肩が、小刻みに震えていた。
俺の小指の指輪を通じて、蓮の『心の本音』がダイレクトに頭の中に流れ込んでくる。
『ううう……っ! なになにあの女たち!? 冷たすぎるでしょ……っ! 魅了の指輪がまったく効かないなんてあり得ない! 九条さんに『安っぽい』って言われた……地味にショック……っ!』
(泣きそうになってるじゃねえか!!)
『でも……でも負けないんだから! 絶対に航平から指輪を取り戻して、天国の宗次郎師匠に「蓮、よくやったな」って頭を撫でてもらうんだから……っ! うう……師匠、会いたいよぉ……っ!』
(愛おしすぎるだろ、この子!!)
強がりな「俺様ライバル」のメッキが剥がれ、ただの「爺ちゃん恋しさに奮闘する健気なボクっ子弟子」の本音がダダ漏れになっている。
俺は物陰で必死に笑いを噛み殺した。
◆
そして、放課後。
約束通り、今日は『放課後シェアリング』の月曜日。
俺は図書委員の白石葵と二人きりで、静まり返った図書室の窓際の席に座っていた。
「渡辺くん……この数学の問題、ここをこうやって展開すると解きやすいですよ」
「へぇ……さすが白石、教え方が上手いな」
「ふふ、渡辺くんのお役に立てるなら、いくらでも教えます」
夕日が差し込む室内。白石がメガネの奥の瞳を細め、照れくさそうに微笑む。甘い雰囲気が漂い、二人きりの時間が流れていた。
——ガタンッ!
図書室の扉が勢いよく開いた。
「見つけたぞ、渡辺航平!!」
本を片手に、息を切らせて乱入してきたのは神楽坂蓮だった。
「神楽坂くん……? 図書室ではお静かにしてください」
白石が不機嫌そうに眉をひそめる。
蓮は乱れた息を整えると、必死に「カッコいいライバル」の表情を作り直し、白石の前に歩み寄ってきた。
「白石さん……渡辺のような男と二人きりで勉強なんて退屈だろう? 僕がもっと高度な勉強を教えてあげるよ。僕と一緒に——」
「断ります」
白石は即答した。コンマ一秒の躊躇もなかった。
「私は、渡辺くんと一緒に勉強したいのです。あなたに教えてもらう理由はありません」
「ぐっ……! か、辛辣すぎる……!」
ショックで膝をつきそうになる蓮。
指輪から『うわあああん! 白石さんまで冷たい! この学校の女子どうなってんの!? 航平のどこがいいのさ!!』という悲鳴のような本音が聞こえてくる。
俺は呆れつつも、必死に背伸びをして空回りしている蓮の姿を見て、なんだか放っておけない気持ちになってしまった。
「おい、神楽坂」
「く、屈しないぞ渡辺! 僕は宗次郎師匠の——」
「立ち話もなんだろ。そこ、椅子空いてるぞ。お前も一緒に勉強していくか?」
「……え?」
蓮はポカンと口を開けた。
俺は隣のパイプ椅子を引いて、ニヤッと笑ってみせた。
「白石の教え方、マジで分かりやすいぞ。お前も転校してきたばっかで授業追いついてないだろ? 一緒にやろうぜ」
「な……何言ってるんだ君は!? 僕は君のライバルで、指輪を奪いにきた敵なんだぞ!?」
「いいから座れって」
俺が強引に蓮の肩を掴んで椅子に座らせると、蓮は「な、なんだよ急に親切にしやがって……!」と顔を真っ赤にして狼狽した。
『な、なになにこの男……急に優しくしてくるとかズルくない!? 師匠の孫のくせに……なんかちょっとカッコいいじゃんか……っ!』
(本音! 本音がデレ始めてるぞ神楽坂!!)
「……たく、仕方ないな。君がそこまで頼むなら、一緒に勉強してあげるよ」
蓮はぷいっと横を向き、ツンとすました顔でノートを開いた。だが、その耳たぶは真っ赤に染まっている。
白石は呆れつつも、「ふふ、渡辺くんらしいですね」と優しく微笑んだ。
図書室の窓際、夕暮れの光の中で並んでノートを開く三人。
ライバル(男装美少女)を巻き込んだ、俺の新しい「放課後」が賑やかに始まろうとしていた。




