第二十話:選べない男の決断と、始まった『放課後シェアリング』
「俺が選ぶのは――」
夕暮れの教室。息を呑むような静寂の中、美沙、白石、新田、紬、そして麗奈の五人が、それぞれの想いを瞳に宿して俺を見つめている。
指輪から伝わってくる彼女たちの心拍数は急上昇し、皮膚が焼け焦げそうなほど熱い本音の波が、脳内を津波のように押し寄せていた。
誰か一人を選ぶ。
それは、男として覚悟を決めるということだ。だが——俺の脳裏をよぎったのは、彼女たちがそれぞれ抱えていた傷と、それを乗り越えて見せてくれた笑顔だった。
家族の重圧に押し潰されそうだった白石。
走れなくなって孤独に泣いていた新田。
醜い嫉妬に蓋をして夢を諦めかけていた紬。
妹を救えず一人で絶望していた美沙。
そして、大人たちの悪意に囲まれて誰も信じられなくなっていた麗奈。
彼女たち全員が、俺にとってかけがえのない大切な存在だ。今ここで誰か一人を選び、他の四人の心を突っぱねるなんて……俺には、到底できなかった。
「俺が選ぶのは……『全員』だ」
「「「「「はあぁぁぁぁっ!??!?」」」」」
教室に五人の絶叫がハモって響き渡った。
「ちょっと航平、どういうことよ! 一人を選ぶ『争奪戦』だったでしょ!?」
美沙が真っ赤になって怒鳴り散らす。
「そうですよ渡辺くん! それではただの優柔不断、ただの『八方美人』ですわ!」
麗奈も扇子をガバッと開いて抗議の声を上げる。
「違うんだ!」俺は立ち上がり、彼女たちの目を順番に真っ直ぐ見つめた。
「俺だって日和ってるわけじゃない! でもさ……お前たちが今、どれだけの想いで俺にぶつかってきてくれたか、痛いほど分かったんだ。お前たち全員が、俺にとって最高に綺麗で、カッコよくて、大切なお姫様なんだよ。今ここで誰か一人を選んで『バイバイ』なんて、俺の男の意地が許さねえ!」
「……っ!」
ヒロインたちの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
『最高に綺麗……?』
『大切なお姫様……!?』
『な、なんですかその殺し文句は……っ!』
指輪を通じて、五人の脳内が完全にバグを起こす音が聞こえてくる。
「だ、だからって……放課後デートの優勝者はどうするのよ……!?」
美沙がモジモジと指をすり合わせながら赤面して尋ねる。俺は不敵にニヤリと笑ってみせた。
「決まってるだろ。『放課後シェアリング』だ!」
「「「「「シェアリング……?」」」」」
「おう! 月曜日は白石と図書室で勉強デート! 火曜日は新田と部活帰りにラーメン&買い出し! 水曜日は紬とクレープ食べ歩き! 木曜日は美沙といつものカフェ! 金曜日は九条の家で二人で高級おやつ付きのお掃除デート! これでどうだ!全員と『二人きりの放課後』を作ってやる!」
完全なゴリ押し。完全なスケジュール管理による、力技の解決策。
ヒロインたちは呆気にとられて口ぐうの音も出ない様子だったが、やがて顔を見合わせた。
「……ま、まあ、月曜日に一番乗りできるなら、悪くありません」
白石がメガネの位置をクイッと直し、照れ隠しに冷静を装う。
「火曜日にラーメン奢ってもらう約束、絶対守れよな!」
新田がフンと鼻を鳴らして笑う。
「私……水曜日のクレープ、楽しみにしてます……!」
紬が嬉しそうに胸の前で手を合わせる。
「フン、金曜日は我が家の最高級の紅茶でおもてなしして差し上げますわ。感謝しなさい」
麗奈が誇らしげに胸を張る。
「もう……本当にバカ航平! 木曜日は絶対サボらせないんだからね!」
美沙が呆れたように、けれど嬉しそうに俺の腕を小突き、教室の空気は一気に和やかな……そして甘酸っぱい熱気に包まれたのだった。
(……ふぅ、なんとか乗り切ったか……)
俺が心の中で胸を撫で下ろした、その時だった。
『甘いぞ、航平』
脳内で、指輪の精の冷ややかな声が響いた。
いつもと違う、どこか緊張感を孕んだトーン。
「……え?」
『お前が「全員を幸せにする」なんて甘っちょろい覚悟を決めたのは結構だ。だがな……この指輪の呪いが、そんな平和な日常を延々と許してくれると思うか?』
次の瞬間。
俺の左手の小指にある銀の指輪が、これまでにない異様な『重低音の拍動』を刻み始めた。
それは熱さではなく、氷点下のように冷たい、そして重苦しい不快感。
「ぐっ……!?」
俺は思わず左手を押さえて膝をついた。
「航平!? どうしたの!?」美沙が青ざめて駆け寄ってくる。
「渡辺くん!?」ヒロインたちが一斉に俺を取り囲んだ。
(な、なんだこれ……! 誰の心の声だ……!?)
俺の脳内に流れ込んできたのは、教室にいる五人の本音ではない。
もっと遠く——学校の外、この街のどこかから発せられている、『絶望と激しい怨嗟』のノイズだった。
『許さない……許さない……。奪われた……私のすべてを……。あの男の血を引く者を……壊してやる……』
(この声……誰だ……!? じいちゃんを知ってるのか……!?)
『気付け、航平』
指輪の精の声が頭に響く。
『宗次郎の爺ちゃんが昔、命がけで封じた「過去の因縁」……お前が九条麗奈を救い出し、指輪の力を解放しすぎたことで、眠っていた暗雲が目を覚ましちまったんだ』
窓の外を見上げると、いつの間にか茜色の夕空は消え去り、禍々しい紫色の暗雲が街全体を覆い始めていた。
「航平……空が……変だよ……?」
美沙が怯えた声で俺の服の裾を掴む。ヒロインたちが異変を感じ取り、身を寄せ合った。
爺ちゃんの過去を知る「新たな敵」。
そして、指輪に隠された真の秘密。
「全員を救うって決めたんだろ、航平」
指輪の精がニヤリと、命懸けの戦いを前にした職人のような鋭い声で告げた。
「だったらここからが本番だ。お前のお姫様たちを全員背負って、過去の幽鬼を叩き潰しにいくぞ!」
平穏な日常の裏で静かに幕を開ける、指輪の真の試練。
俺は痛む小指を強く握りしめ、怯えるヒロインたちの前に立ちはだかるのだった。




