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第十話:へんくつな彫金師と、サトリの娘

 おいおい、航平。お前、自分の左手の小指に嵌まってるその銀の輪っかが何なのか、な〜んにもわかってない顔をしてるな。


「なんで俺がこんな目に……」ってか? やれやれ、仕方のない奴だ。お前があまりにもちんぷんかんぷんな様子だから、この指輪の精である私が、事の始まりってやつを直々に説明してやるよ。耳の穴かっぽじって、よーく聞きな。


 始まりは明治の東京


 時は明治の中頃。西洋の文化が入ってきて、日本中が「文明開化」だと浮き足立っていた頃の話だ。東京の下町に、一樹っていう腕のいい若き彫金師がいた。

 こいつがまあ、腕は天才的なのに、ひどく無愛想で他人に興味のない男でね。特に「女」って生き物が苦手で、工房にこもって黙々と金銀を叩くことだけが生きがいのヘンコツ野郎だったんだ。


 そんな一樹のもとに、ある激しい嵐の夜、ひとりの女が飛び込んできた。

 名は小夜だ。夜の闇を溶かしたような黒髪の、息を呑むほど美しい娘だったが……実は人間じゃなかった。人の本音を食べて生きる「サトリ」という、古きあやかしの末裔だったのさ。


 小夜はその力ゆえに、人間のドロドロした欲望や嘘に疲れ果てて逃げてきた。でも、一樹の心の中を読もうとしたら、聞こえるのは銀を叩く「カン、カン」という澄んだ音だけ。


「あなたの前だけは、頭が静かになるんです」


 そう言って、小夜は工房の隅で針仕事をするようになり、奇妙な同居生活が始まった。他人に興味のなかった一樹も、静かに寄り添う小夜に、生まれて初めて居心地の良さを感じていたんだよ。


 だけど、そんな平穏は長くは続かない。

 小夜の美しさを聞きつけた、権力をカサに着た傲慢な華族のドラ息子が、ガラの悪い連中を連れて工房を囲んだのさ。小夜を無理やり妾にしようって腹だ。


 一樹は彫金用の槌を握って立ち塞がったが、文明開化の時代、権力と暴力の前には無力だった。ボコボコに殴られて床に組み伏せられ、小夜は涙を流しながら連れ去られてしまった。


 その間際、一樹の頭に、小夜の「悲鳴」が直接流れ込んできたんだ。

『助けて、一樹。あの男のギラギラした欲望が頭に流れ込んできて、破裂しそうに怖いの……!』


 いつも静かだった彼女が、初めて一樹に放ったSOSだった。


 悔し涙を流す一樹の手元に残されたのは、小夜が残していった、妖の力が宿る「一本の黒髪」だけ。一樹は覚悟を決めたね。

「俺に武力はない。だが、職人の意地がある」


 一樹は一睡もせず、炉の炎に小夜の黒髪をくべ、最高の銀を溶かして叩き続けた。そうして出来上がったのが、一本の細い銀の指輪――つまり、私だ。

 内側には、小夜を救うという誓いの言葉を古い文字で刻み込み、一樹が自分の小指に嵌めた瞬間、私は一樹の魂と融合したのさ。


 私の力で、一樹の感覚は極限まで研ぎ澄まされた。

 華族の屋敷へ走る道中、東京中の女たちの悩みや愚痴が頭に流れ込んできたが、一樹はすべて無視して小夜の悲鳴だけを追いかけた。そして指輪の力で警備の「心の隙(油断)」を完璧に読み切り、見事に小夜を救い出して、追っ手を撒いて地方の田舎へと逃げ延びたんだ。


 二人はそこで夫婦になり、慎ましくも最高の幸せの中で暮らして、共に白髪の老人になった。

 だけど、先に小夜が寿命で旅立った時、一樹の「強すぎる執念」が、私をただの銀の輪から「呪いの指輪」へと変貌させてしまったのさ。


 一樹は死の間際、私にこう呪いをかけた。


 世界中の女の悲鳴を検知する力を与える。


 ただし、聴いたからには絶対に無視することは許さない。


 己の身を賭してでも、解決するまで絶対に持ち主を解放しない。


 愛する妻への誓いが、一樹のクソデカ頑固おやじ魂のせいで、理不尽極まりない【強制お助けの呪い】になっちまったんだよ。


 それから時代は巡り、昭和。

 私の持ち主となったのが、お前の祖父さん、「渡辺の爺ちゃん」だ。


 爺ちゃんもすごかったぞ。高度経済成長期の日本中を飛び回っちゃ、女の子のピンチに首を突っ込んでた。

 ある時は借金に泣く下町の娘を救うために家財を質に入れたり、またある時は悪徳業者に騙されたお姉さんを助けるために何日も失踪したり。

 おかげでお前の祖母さんや親父さんからは「女癖の悪いクソジジイ」なんて毛嫌いされてたが、あれは全部、私が指を引きちぎらんばかりに締め付けるから、爺ちゃんが必死に走ってただけなんだよな。


 その爺ちゃんが死ぬ間際、安物の桐箱に私を納めて、最愛の孫――そう、お前に託したんだ。


「航平。男ってのはな、何歳になってもガキだが、女ってのはな、何歳になってもお姫様なんだよ」


 あれは一樹が明治の夜に誓った、世界で最初の「お姫様への誓い」そのものだったのさ。


 さあ、お前の番だ

 どうだ? 自分がどれだけとんでもないものを引き継いだか、少しは分かったか?


 お前はまだ十六歳のひよっこだけど、この指輪を選んで嵌めちまった(あるいは嵌めさせられた)以上、もう逃げられない。私が「ただの鈍い銀の輪」でいるか、熱く激しく脈打ち始めるかは、お前の周りの女の子たちの涙次第だ。


 ほら、お喋りはここまでだ。

 今、お前のすぐ近くで、誰か女の子の「困った、助けて」って悲鳴が聞こえてきたぞ。


 ……ほら、指輪が熱くなってきただろ?

 ぐずぐずしてると指の骨をへし折る勢いで締め付けるからな。男なら四の五の言わずに、さっさと走りな、航平!

挿絵(By みてみん)

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